たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年1月27日執筆  2006年1月31日掲載

気持ち悪さの正体


ホリエモンが逮捕されたということよりも、それを報道するメディアの姿勢や、人々の反応に気持ち悪さを感じている人が多いのではないだろうか。
ホリエモンについては、すでにこのコラムでも『金の話はつまらん』と題して書いたことがある。1年たった今では、あのとき書いたことさえも、まだ買いかぶりすぎだったかなと思う。
彼は本当にな~んにもしてこなかった。バーチャルマネーゲームをプレイし続けただけ。
ある経済評論家は、「彼がやっていることは新しくもなんともない。仕手戦とかころがしとか乗っ取りとか、大昔から経済界の裏で行われてきたことにすぎない」と評していたが、本当にその通りである。ライブドアという会社は、ITとはほとんど関係がないのであって、メディアがあれを「IT企業」と呼ぶことにそもそも問題がある。

……で、そんなことはもうみんな分かっていたことだ。
それなのに、ここに来て急に、「額に汗して働かなくちゃダメだ」とか「お金で買えないものがある」とか、道徳の時間みたいな言葉が噴出している。これが気持ち悪い。
そんな情緒的な話にまとめず、もう少し具体的、かつ冷静に、何がどうなっているのか見てみる必要があるのではないか。

今回の逮捕につながった直接の違法行為は、主に「粉飾決算」と「風説の流布」ということらしい。
粉飾決算というのは、まずいことになっている実態をごまかして、大丈夫ですよ、心配いりませんよと思い込ませるために嘘をつくことである。
例えば、国民年金を破綻させた社会保険庁がさんざんやってきたこともこの類のことであろう。
風説の流布というのは、自分の都合のいいように嘘の情報を流して世の中の流れをミスリードすること。アメリカ政府がやった「イラクには大量破壊兵器が……」という嘘情報などはまさにそれだろう。

どちらの例も、その金額の大きさや世界に与えた影響の大きさ、結果の重大さにおいて、ホリエモングループがやったことの比ではない。
昔から「ひとり殺せば殺人犯だが、千人殺せば英雄」という言葉がある。
ホリエモン逮捕のニュースと、それを報道する姿勢に対して我々が抱く気持ちの悪さの正体は、そこにあるような気がする。
つまり、「小物がスケープゴートにされた」ことをみんな内心では感じているのだが、日頃の鬱憤を晴らすために、ついつい「そらみたことか」「真面目に生きなきゃダメだよ」と反応してしまう。今のホリエモンは、ガス抜きの「安全弁」なのだ。

もっともっと巨大数のインチキ、大規模で悪質な嘘を操る力には所詮逆らえない。
嘘のうまい大統領や総理大臣は、そのことで罪を問われることはない。
国民から強制的に集めた金を滅茶苦茶に運用し、とんでもない損失を出した役人のトップもまた、そのことで罪に問われることはなく、死ぬまで使い切れないような巨額の退職金をもらって老後を暮らしている。
この国には、そこにズバッと切り込むメディアも存在しない。これから先も、期待できない。
だから、せいぜいホリエモン逮捕で憂さを晴らしておく。そんな自分の矮小さを、みんな心のどこかでは分かっている。
「やっぱりね」「遅すぎたよね」「こんなことが許されていいはずがないよね」などと言いながらも、いまひとつカタルシスを得られない理由はそこにある。

二宮清純氏がこう言っていた。
「ホリエモンは、すべての人の心の中に存在している負の姿。彼を見ていると、見たくない自分自身の嫌な部分を見せつけられているようで、気持ちが悪くなる」
まさにその通りだろう。
ざまあ見ろ、と言えば言うほど、じゃあ自分はどうなの、という心の声が聞こえてくる。

落ちに落ちたライブドア株は、どうやら底値に達したと判断されたようで、今日(1月27日)は彼の逮捕後初めて上昇したそうだ。
どうせ、そのうちに外資が入ってきて、安く取り込むのだろう。
損をしたのは日本人の素人投資家。大儲けするのは欧米のハゲタカファンド。またもや同じ図式を見せつけられるに違いない。
アメリカにおける株式市場の収益は誰の手にあるのか、という興味深いデータがある。
金持ち上位1%が株価収益の43%をとる。次の9%の金持ちが、やはり43%をとる。残り90%の人々が残り14%の収益を分け合っている。(1989-1997年)
何度も分割され、買いやすくなったライブドア株をちまちま買っていた日本国の庶民の金は、かくしてまたアメリカの金持ちに吸い上げられるのだろう。
しかし、そんなのは、日本政府が国民の税金をどうでたらめに使っているかを思えば、切ないほど微々たる金の話にすぎない。
あ~、気持ちが悪い。


●凍りついた玄関ドアのガラス
(外は零下の阿武隈にて)


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