たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年2月3日執筆  2006年2月7日掲載

薄れゆく記憶、薄れゆく磁性体

我が家には8ミリビデオテープが数十本、再生できずに保管されている。半分は旅行やKAMUNAのライブ演奏などを生で撮影したものだ。
撮影したカメラは、SONYがHi-8規格を発表してすぐ売り出したときのもの。壊れないように小型機ではなく、大型のものを購入した。ブランドはリコーだが、SONYの完全OEM製品。
2年くらい経って壊れたので一度修理した(リコーに送ったら、修理して送り返してくれた)が、その後、またすぐに動かなくなった。それからはもう修理する気力も失せてしまった。

周囲に訊いてみると、8ミリビデオカメラを使っていた人の多くは、やはりカメラ本体が壊れて、そのまま再生できなくなっているらしい。
このまま一生見られないでゴミの山にしておくのも忍びないので、ヤフオクで中古の8ミリビデオデッキを購入した。同じ悩みを抱えるかつての8ミリビデオユーザーはたくさんいるようで、10年も前の機械が2万円近くで落札されている。これはβビデオデッキ、ワープロ専用機なども同じ。

ようやく競り落としたデッキで、懐かしい映像を見ることができた。
忘れている映像がいっぱい。旅行のときの映像などは、どこに行ったときのものか全然思い出せないものがたくさんある。映っている妻の顔も、見知らぬ人のよう。こんな顔していたんだっけ? こんな髪形していたんだっけ? ああ、薄れゆく記憶。ほんの15年前のことなのに。

すぐにまた見られなくなると思うので、生の撮影テープは全部DVDにコピーしている最中である。
レコードからCDになったように、テープメディアのものはすべて消えていく運命にある。これは仕方がない。8ミリビデオを再生する装置が今は入手困難であることは諦めるしかない。
それにしても、磁気テープ、磁気ディスクメディアというのは予想以上にもたなかった。フロッピーディスクは、数年で読み出せなくなるものが続出した。媒体は磁性粉を塗った樹脂ディスクというアナログ的なものなのに、記録する信号はデジタル。そのへんに無理があるのだろう。データの一部が壊れると、丸ごと読み出せなくなる。
それに比べると、カセットテープに録音した音楽は、30年以上前のものが今でもそこそこの音質で再生できる。

ところで、同じ磁気テープでも、ブランドによって「もち」がだいぶ違うようだ。
8ミリビデオテープをDVDにコピーしている作業中、映像がやたらと乱れているテープとそうでないテープがあることに気づいた。そのダメなテープはみな同じブランドのテープなのである。まったくもう。
カセットテープもそうだ。30年も経つと、経年劣化におけるブランドの差が歴然と出てくる。

製品の経年劣化については、買うときは分からない。多分、作っているほうもよく分かっていないに違いない。10年、20年経って、差が現れる。
で、それを動かしている人間も歳をとると変わってくる。「なんだこれは! 偉そうに売っていながら、全然もたないじゃないか」と怒る気力が薄れてくる。消えていくもののほうが正しい姿なのかもしれない、とさえ思う。
テープに塗った磁性体が薄れていくように、自分も摩耗しているのである。
歳をとるって、悲しいものだわね。最後は死んで消えてしまうのよね。ふう。

永遠の命、というのは、昔からいろいろな形で想像されてきた。DNAというものが分かった現代では、肉体をクローン再生し、記憶をデジタル信号で記録し、その肉体にコピーして、永遠に生き続ける……というアイデアがよく語られる。
肉体のDNAが同じで、記憶を共有できれば「同じ人間」なのか、というのは大いに疑問なのだが。(記憶喪失の一卵性双生児のひとりに、もうひとりの記憶を埋め込めても「別人」だもんね)

もっとも、「物」レベルでは、それと同じようなことがあちこちで日常的に行われている。
サーバーは必ずミラーリング用の予備ハードディスクを持ち、常にデータをコピーし、事故による消滅の危険性を下げている。1台のハードディスクが寿命を迎えると、新しいハードディスクが用意され、そこに古いディスクからデータを丸ごとコピーして差し替える。
かくしてインターネット上では、機械が死んでも、データは延々と生き続ける。

自分が死んだら、自分が作ってきたサイトはどうなるのか、と、よく想像する。サーバー会社やドメインレジストラにお金が支払われなくなった時点で消えるのだろう。そうなる前に後継の管理者を育て、引き継いでくれるようにしておかなくちゃ、なんてことも思う。
しかしそれも、現代人の心の病。
永遠に残るものなどないのだし、自分の意識が消えた瞬間、自分にとってはあらゆるものが消滅したのと同じことなのだから。うんうん、悟りが足りないのよね。

そう思えば、経年劣化する製品は、物の運命を正しく示しているだけなのである。
怒らない怒らない。
……ん?
でもねえ。いつか消えゆく運命は仕方ないとしても、できるだけ健康な状態で長生きするというのは、人間が基本的に持つ欲求なんじゃなかったっけ?
じゃあ、経年劣化のひどいブランドに腹を立てるより、15年、30年後にもきちんと再生できたテープを作ったメーカーを誉めてあげればいいわけか。だね。プラス思考。
あんたはえらい。TDK。



●寸法を間違えた扉
(建具屋さんが縦と横の寸法を逆に作ってきてしまった失敗作。あらまあ)



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