先週、再生できなくなっていた8ミリビデオテープをもう一度見るために、中古の8ミリビデオデッキを購入したことを書いた。ところが、こうした中古家電を業者から購入することができなくなる危機に面していることを、読者のかたからのメールにより知った。
まだ十分に使えるどころか、もう手に入らないであろう「物作り大国ニッポン」がかつて作っていた高級オーディオアンプ、電子楽器などが、大量にゴミとして廃棄されることになりそうだというのだ。
端的に言えば、今年の4月以降、中古家電製品を業者が販売すると、「電気用品安全法」という法律によって罰せられる(一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する……電気用品安全法第57条)のである。
そんなバカな話があるわけがない……この話を最初に聞いたときは、何かの間違いかデマだろうと思った。
しかし、調べてみると、このとんでもない法律はすでに2001年4月から施行されており、今まで5年間は「猶予期間」にすぎなかったのである。
周囲に訊いて回ったが、このことを知っていた人はただのひとりもいなかった。電気工事会社の社長も、プログラマーも、オーディオ製品は中古しか買わないという友人も、みな知らなかった。
当然だろう。そのことを報じているメディアがないのだから。
管轄の経産省は「ホームページで告知しているし、官報にも載せている」と説明しているらしいが、国民に騒がれないうちに事を進めようとしていたことは間違いないだろう。
電気用品安全法とは何か?
「ホームページで告知している」という経産省のサイトを見てみよう。概要は
→ここ「電気用品安全法の概要」である。
原文は
→ここで見ることができる。
問題になる部分は以下の条文だ。
第四章 販売等の制限
(販売の制限)
第二十七条 電気用品の製造、輸入又は販売の事業を行う者は、第十条第一項の表示が付されているものでなければ、電気用品を販売し、又は販売の目的で陳列してはならない。
第十条第一項とは何かと見てみると、
(表示)
第十条 届出事業者は、その届出に係る型式の電気用品の技術基準に対する適合性について、第八条第二項(特定電気用品の場合にあつては、同項及び前条第一項)の規定による義務を履行したときは、当該電気用品に経済産業省令で定める方式による表示を付することができる。
2 届出事業者がその届出に係る型式の電気用品について前項の規定により表示を付する場合でなければ、何人も、電気用品に同項の表示又はこれと紛らわしい表示を付してはならない。
ものすごい悪文だが、
「表示を付することができる」と偉そうに書いてある表示とは、
PSEマークというものである。
電線や配線器具、電熱器などの「特定電気用品」112品目には菱形のPSEマークが、それ以外の電気製品338品目(テレビ、ラジオ、時計、電子楽器、オーディオ製品など、ほとんどの電気製品が該当)には丸形のPSEマークが付けられる。
PSEマークは電気用品安全法が施行されるまでは存在しなかった。電気用品安全法の前は、「電気用品取締法」という法律があり、逆三角形の中に〒マークを入れたような通称「Tマーク」などが、安全性確認の証となっていた。
家の中の家電製品を改めてよく見てほしい。ごく最近の製品にはPSEマークが付いているが、少し古い家電製品にはPSEマークではなく、Tマークなど、別の記号が付いているはずだ。
で、これらのマークが付いている製品については、電気用品安全法施行から一定の猶予期間内に限って販売が認められている。
(第五十条 移行電気用品に付されている旧電気用品取締法第二十五条第一項又は第二十六条の六第一項の規定による表示及び前条の規定による表示は、第十条の規定の施行の日から起算して移行電気用品ごとに五年(製造から販売までに通常相当の期間を要する移行電気用品として政令で定めるものにあっては、十年)を超えない範囲内において政令で定める期間を経過する日までの間は、電気用品安全法第十条第一項の規定により付された表示とみなす。)
この猶予期間とは、製品の種類によって5年から10年なのだが、ほとんどの家電製品は5年である。つまり、電気用品安全法が施行されたのは2001年4月なので、猶予期間は今年3月で終了し、4月1日からは適用されるということだ。
わざと意味をとりにくくさせているかのような悪文に頭が痛くなり始めているかたもいらっしゃるはず。
リサイクルショップ用に分かりやすく解説したページなどもあるので、
→そちらも参照していただければと思う。
ぐっとかみ砕いて説明すれば、およそこういうことである。
1)かつて「電気用品取締法」と呼ばれていた法律が1999年に改訂された。それに代わる「電気用品安全法」という法律が、すでに2001年4月に施行されている。
2)その法律では、かつてのTマークなど、電気製品の安全性を保証するマークに代わり、PSEマークというものが定められている。
3)PSEマークをつけていない製品を売ったり、販売目的で陳列すると、1年以下の懲役、百万円以下の罰金、あるいはその併合に処せられる。
4)PSEマーク以前の製品に関しては、販売禁止までに5年から10年の猶予期間を設ける。(ほとんどの家電製品は5年)
ただし、例外がいくつかある。
1)対象となる製品は、AC電源部分を内蔵した製品であり、外部のACアダプター電源を使う機器本体(ACアダプターがついていない状態)などは対象外。
2)個人売買は対象外。業者が売ると罰せられるが、個人間の売買は可能。
それなら実害は少ないではないかと考えるのは甘い。
まず1)だが、外部のACアダプターそのものにPSEマークがついていなければ、そのアダプターを販売することができないので同じことだ。
ACアダプターは製品ごとに規格がことごとく違っているから、販売業者が中古製品1つ1つに合わせて、PSEマーク入りの新しいACアダプターを用意するなどということは事実上不可能だ。また、それをやったとしても、使えるACアダプターがゴミの山を築くことに変わりはない。
電源部分を新しく検査機関で認証されたものに取り替えれば販売できる、といった例外もあるが、そんな手間とコストをかけてまで中古品を売る業者がいるとは到底思えない。
次に2)だが、「個人」と「業者」のはっきりした線引きが難しい。
経産省はこのところネットビジネスに網をかけることに熱を入れている。
今年1月31日には、
「インターネット・オークションにおける『販売業者』に係る特定商取引法の通達改正について」という通達を出している。
これによれば、家電製品は「同一の商品を一時点において5点以上出品している場合 」は「業者」とみなすとしている。
こういう動きを「規制緩和」政策をうたう現政権はどう考えているのか。
ネット通販に活路を見出そうとする過疎地の家電店などには、経産省の役人は、家の中の米びつの隅に残った米粒まで年貢米として取り立てようとする慈悲のない代官に見えるだろう。
こうした圧力が続けば、今まで地道に中古電気製品を売ってきたリサイクルショップなどは、例外や対象外の方策を求めて苦労するくらいならやめてしまおう、ということになるだろう。
実際、中古楽器やオーディオ製品を扱う業者は、目下、頭を抱えている。
石橋楽器のサイトなどは、
中古楽器売買のページのトップにでかでかと「PSEマークのない製品を2006年4月1日以降販売することができなくなりました」と掲げている。
これによりどういうことが起きるか、想像するだに恐ろしい。
まだ使えるどころか、すぐに壊れる昨今の家電製品などよりはるかに丈夫で高性能な製品が、大量にゴミとされ、廃棄されることになるだろう。
真空管アンプなどというマニアックな例を持ち出すまでもなく、ごく普通のオーディオアンプ、アナログレコードプレイヤー、CDデッキ、テープデッキなどのオーディオ製品、デジタルピアノやシンセサイザーといった電子楽器、その他中古家電製品全般が、中古店で売ることができなくなる。
PSEマークの対象となる製品は電源部分の安全性が特に問題とされているらしいが、昔の高級アンプのほうが今のちゃちな製品などよりはるかに贅沢な電源部品を使って音をよくしていることは、オーディオ製品を少しでも知る者の間では常識だ。
物作り職人、専業メーカーの良心がこもった名機が、このふざけた法律のおかげで大量にゴミとして捨てられるようなことは、断じて看過できない。この法律は大切な資産に死を宣告する「大量破壊兵器」といえる。
この法律の問題点、矛盾点は山のようにあるが、以下の点だけでも大問題である。
1)そもそも目的は何なのか?
……「消費者の安全のため」というが、PSEマークのついた製品が、それ以前のTマークなどがついた製品より安全であるなどということはありえない。実質、Tマークなどの表示がPSEマークに代わっただけなのだから、従来のTマークなどがついた製品も、普通に販売を認めればいいだけのことである。
2)個人売買は可能という矛盾
……本当に危険だというのであれば、なぜ業者が売ると犯罪で、個人が売るのは問題ないのか?
3)確認検査機関の不透明性
……PSEマークを与える認証機関への「認証」制度はどうなっているのか。
役人天下りの受け皿のひとつになっているのではないか。(こうした認証機関が実際にどんな仕事をしているかは、一連のマンション構造設計偽装事件で、国民もようやく分かり始めている。)
そしていちばんの問題は、こうした問題が施行から5年ものあいだ、国民にまともに伝わっていなかったことだ。
今からでもいい。メディアは真剣にこの問題を報じるべきである。タミフル不足の怪報道のときはあれほど足並みが揃っていたではないか(その後、
あの薬品の製造ライセンスを所有しているアメリカの企業ギリアド・サイエンシズ社の元会長であり大株主がラムズフェルドであったという
CNNの報道などは、日本ではほとんど伝えられなかったが……)。
長持ちする高性能な製品を作るという美徳が、現在の日本のメーカーから消えつつある。違いが分かる少数のユーザーを相手にするより、騙しやすい素人ユーザーを相手に作ったほうが儲けやすい。しかも、適度に壊れてくれないと買い換え需要が起きず、儲からない。保証期間を少し過ぎたくらいで壊れてくれればいちばん都合がいい……そんなメーカーの心の腐敗をしっかり応援するようなこの悪法を、このままにしておいていいはずがない。
この法律で誰が得をし、誰が不幸になるのか、よく考えてみよう。
なぜこのような矛盾に満ちた悪法がまかりとおるのか。どのような意図があるのか。
「よいものを作る」は、この国の誇りであったはずだ。その誇りを持って作られた優秀な工業製品が、国の力によって、天寿を全うすることなく虐殺されようとしている。
もしかすると、この法律は有名無実化し、見て見ぬふりをされるかもしれない。しかし、そんなことになるくらいなら、現時点できれいに条文を削除あるいは改正すべきである。
「ただし、旧電気用品取締法で安全を確認されている製品については、再審査の必要はないものとする」というような一文を入れればいいだけのことだ。
このままでは、この国は腐敗しきるところまで腐敗し、どん底まで転げ落ちるだろう。
(続く)