たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年3月4日執筆  2006年3月7日掲載

電気用品安全法という「大量破壊兵器」(2)

(承前)
「電気用品安全法」により、2001年以前に製造された電気製品の多くが再利用の道を閉ざされ、大量のゴミと化す危機に面しているということは、2月14日掲載の本コラムで書いた。
「電気用品安全法」が大量破壊兵器になる「システム」を以下にもう一度整理しておく。


1)かつて「電気用品取締法」と呼ばれていた法律が1999年に改訂された。それに代わる「電気用品安全法」という法律が、すでに2001年4月に施行されている。

2)その法律では、かつての通称Tマーク(逆三角形の中に〒が書かれたマーク)など、電気製品の安全性を保証するマークに代わり、PSEマークというものが定められている。

3)PSEマークをつけていない製品を売ったり、販売目的で陳列すると、1年以下の懲役、百万円以下の罰金、あるいはその併合に処せられる。

4)PSEマーク以前の電気製品(旧電気用品取締法によって安全確認され、〒マークなどのマークを表示してある製品)に関しては、販売禁止までに5年から10年の猶予期間を設ける。(大半の家電製品は5年)



いくつかの例外規定があるが、その例外をここで説明する必要はない。経産省が説明しているのでそちらをご覧いただきたい。
要するに、ここ数年に作られた電気製品より前の製品(本体に電源部をもつ=本体から電源コードが出ている=電気製品のほとんど)は、今月末をもって、販売や販売目的の陳列をしてはいけないのである。
何も特別な製品に限った話ではない。洗濯機、冷蔵庫、テレビ、電気釜、扇風機、ビデオデッキ、電子ピアノ、オーディオアンプ、ギターアンプ……といった、我々が普通に使っている電気製品のことである。こうしたものを、中古で販売した者は処罰されるのである。

前回、「今からでもいい。メディアは真剣にこの問題を報じるべきである」と書いた。
その後、ポツポツとこの問題をメディアも取り上げ始めた。しかし、その「取り上げ方」の腰砕けぶりに、さらなる怒りと絶望がこみあげ、すこぶる健康に悪い日々を過ごしている。

「経産省による法律の周知努力に疑問残る」
「ビンテージものを愛するマニアに衝撃走る」
「音楽家たちも困惑」
などなど、どれもこれもピントが外れた報道ぶりなのである。

経産省は法律の周知をはかったのかという問いかけは、すでにこの法律が施行される(正確にはすでに2001年4月に施行されており、今月で「猶予期間」が切れる)ことを、いたしかたなし、としているニュアンスがある。
「今さら変更したら、すでに3月末で売れなくなることを知って、売り尽くしセールや処分を開始している業界をさらに混乱させる」などという経産省の言い分をそのまま報じているニュースもあった。情けなくて言葉も出ない。
すでに一部で大量処刑に向けた準備を進めているので、今さら処刑時期を延ばせないと言っているのである。

問題の本質はそんなことではない。
まず、ニュース番組のカメラはリサイクルショップや中古楽器店などに向かっているが、この法律が規制する中古品とはそれだけではなく、広範囲に農業機械や工作機械、電動工具、録音・映像機器などに及ぶ。
農家では電気で動く脱穀機や農耕具のメンテが難しくなる。古い工作機械を使っている工場では、資産が激減し、金融機関からの融資にも影響するだろうし、修理やメンテナンスのための部品調達も困難になるだろう。この国の産業根幹を脅かす悪法なのである。
最も恐ろしいことは、この暴挙が国によって「合法的暴力」として平然と行われたことである。
国が、真面目に生きている国民から、なんの正当性もなく「生きる権利」「生活権」の一部を奪い取ったことである。

電気用品安全法ができる前から、電気製品は「電気用品取締法」という法律によって安全性の確認・検査義務を負っていた。▽の中に〒が書かれたマークは、国が自ら定めたところの安全性検査をパスした証明である。安全性が確認されていない製品ではない。
その「安全性検査に合格している安全な電気製品」を、なんの根拠もなく「売ってはいけない」とする法律に、どんな合理性があるというのか。

PSEマークは、今までより厳しい安全性基準を示すマークではない。旧電気用品取締法の安全性テストを通った製品よりもPSEマークをつけた現在の製品のほうが安全なわけではない。
むしろ多くの製品では、逆に昔の製品のほうが故障が少なく、安心して使えるのではないだろうか。
品質においても、アナログオーディオ製品など、技術が円熟しきった製品は、現代の製品より昔の製品のほうがはるかに優れているものが多い。だからこそ「ビンテージ」などと呼ばれ、高額で(ものによっては発売当時の新品価格より高い値段で)売買されている。

個人売買なら問題ない、輸出は問題ないといった例外規定を設けていること自体、旧法時代の製品の安全性に、なんら問題はないことの証明である。
もし、経産省が本気で「PSEマークのない製品は安全性に問題がある」というのであれば、中古家電は譲渡や個人売買も含め、一切禁止しなければおかしい。
この際はっきりさせておきたいが、経産省は「旧電気用品取締法によって安全確認された製品が、今はもう安全でないかもしれない」と主張するのか。
もしそうではないのなら、一度「国が安全を認めた製品」を市場から抹殺するような法律にどんな正当性があるのか。

報道がはっきり問わなければならないのはこの点である。
ビンテージマニアがどうのとか、法律の周知が十分だったかどうかなどということは言わなくていい。

●この悪意のある法律を成立させた責任者は誰なのか
●この法律の正当性をどのように説明できるのか
●なんの目的で中古製品を市場から消そうとするのか

これを追及しなければ、報道とはいえない。
なぜこんな理不尽なことが「一度決めてすでに施行されている法律だから今さら変えられない」で通るのか。
例えば、「2001年より前に製造された車は4月以降売ってはいけない」という法律がすでに2001年にできていて、5年間中古車業界にもユーザーにも大した告知もせずにいた、というのと同じことなのである。
「中古車は個人間売買や譲渡はOK。輸出もOK。しかし業者が売ってはいけない」というのと同じことなのである。
中古車が流通しない世の中になれば、自動車メーカーは一時的には喜ぶかもしれない。
その代わり、気の遠くなる粗大ゴミの山が築かれ、自動車ユーザーからは商品選択の自由と資産が奪われる。
中古車業界は巨大なマーケットだから反発を招くが、中古電気製品のマーケットは大きな業界団体もないからごり押しが通るだろう、と読んで、実際に実行に移したのである。

この法律をしらっと成立させ、周知させぬまま既定の事実として確定するのを待つ人々がいる。
企業の利益や、自分の保身のために、「いいものを作る」「いいものは大切にする」という、人間としてのあたりまえの哲学、根源的な努力を踏みにじる人々がいる。
これはある意味、談合や贈収賄などよりはるかに腐りきった精神の所業であり、許し難い罪である。

旧〒マークをつけた製品群は、今や大量殺戮を待つ捕虜のようなものだ。
なんの正当な理由もなく、おまえたちは生きている資格がない、生きていてはいけない、さっさと死ね、新しい法律がそう決めたのだ、と宣告された製品群。
この法律を成立させ、今、死刑執行のときを見守っている人々に言いたい。あなたがたは、まだ命のある電気製品を大量虐殺した「優秀な」プロジェクトチームの一員として歴史に名を残すだろう、と。

メディアが、電気用品安全法問題をこのまま傍観者的に報道し続けるのであれば、今後、国の暴力が「合法的」に行われようとする際にも、それを止める力は持たないだろう。それどころか、うまく利用され、情報不足の国民を懐柔させる道具として利用されることになるだろう。
戦前、戦時中の報道がまさにそうだった。今、じわじわと、あの時代に戻っている。

電気用品安全法問題は、一部「ビンテージマニア」の問題などではない。
この国がこのまま壊れていくのか、それとも、人としてのまともな心を多少は回復することができるのかを問う試金石である。


PSEマーク以前の認証マーク
●我が家で使用中のデジタルCSチューナーとデジタルBSチューナーの裏面
赤い囲み部分が旧電気用品取締法による安全確認マーク。
これら国が一度認定した安全保証が無になり、新マーク(PSEマーク)をつけないと中古では売れなくなる。
ちなみに、どちらも「デジタル」衛星放送用のチューナーである。このチューナーを中古製品として売買した業者は4月以降は犯罪者となる。むろん製品の「安全性」とはなんの関係もない。


━━━━━━━━━関連リンク━━━━━━━━━
電気用品安全法は憲法違反! (弁護士紀藤正樹のLINC TOP NEWS-BLOG版) こちら
電気用品安全法に反対します こちら
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PSEマークなし電気製品自慢掲示板 こちら (これを見て何の感動も感じないようなら、「経済産業」省で働くのをやめるべき)
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農業機械、工作機器の修理なども困難になり、日本の産業の底辺を揺るがす大問題と指摘するsuzu_83さんのブログ こちら
坂本龍一、高中正義、松武秀樹、椎名和夫各氏らが呼びかけているPSE法規程変更に対する署名運動ページ(JSPA 日本シンセサイザー・プログラマー協会)こちら
電気用品安全法のページ(経済産業省)こちら
電気用品安全法の概要(経済産業省)こちら
電気用品安全法(法令データ提供システム)こちら
施行後の新製品なのにPSEマークを取得し忘れた例こちら
リサイクルショップ用に問題点・注意点をまとめたページこちら
Wikiによるまとめのページこちら
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