たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年3月24日執筆  2006年3月28日掲載

自然体の達人

20年以上前、雑誌の仕事で某女優のインタビューをしていたとき、相手が何度も「等身大」という言葉を使うのが気になった。
僕は知らなかったのだが、その頃、「等身大の~」というフレーズが流行り始めていたようで、彼女はさっそくそのフレーズにかぶれていたのだ。
脈絡もなく「等身大」を連発する。「等身大」はかっこいい生き方だと思い込んでいるらしい。あまりにも等身大、等身大と繰り返すので、かえってその女優の「小ささ」が透けて見えてしまった気がしたものである。

「自然体」という言葉も、よく好んで使われる。虚勢を張るな、緊張するな、ありのままの自分を出せ、ということなのだろうが、自然体という言葉を使った時点で、すでにその人は「自然体じゃなくちゃ」と、意識してしまっている気がする。
そんなわけで、僕は「等身大」も「自然体」も、言葉としてはあまり好きではないし、あまり信用していない。

しかし、まさに「自然体」としか言いようがない人物がたまに存在する。
あまりにも自然体なので、その人に接すると不思議な感覚に襲われる。
あれ? なんだろうこの心地よさは……。そう感じた時点で、自分が普段いかに自然体とはほど遠いかを思い知らされる。
獏原人村のマサイ&ボケ夫婦は、まさにそんな人たちである。

獏原人村は、タヌパック阿武隈が建つ川内村のはずれにある。今も、電気、ガス、水道、電話がない。
初めて訪れたのは去年の夏。
同じ時期に村に移住してきたDさん夫妻が、ある夜、うちに寄って、「原人村に行ってきた帰りなの!」と、興奮気味に話してくれたのがきっかけだった。
そのときは、変な連中がいるおかしな場所があるらしいくらいにしか思っていなかったが、お土産にもらった卵はコクがあってうまかったし、別に怖いところではなさそうなので、そのうち行ってみようかな、くらいに心に留め置いた。

獏原人村には国道(と呼んでいいのかと思うほどの曲がりくねった山道)399号線から4km、道なき道を上っていく。
道なき道、というのはあながち嘘ではない。今は通称「獏林道」と呼ばれているこの道は、獏原人村がスタートしたときはなくて、山の反対側から徒歩で入っていたらしい。
ところがある日、「原人」たちが山を歩いていたら、途中まで林道が造られているのを発見。
「あれ? いつの間にかこんなところまで道ができてるよ。こっちのルートのほうが里に早くたどり着けるんじゃないか?」と、その林道につないで勝手に道を造ってしまった。(おかげでその後、村とだいぶもめたそうだ)

この村に住み着いてしまった大塚愛さんの「伝説」はすでにご紹介した。
タヌパック阿武隈は、その愛さんの夫の大塚しょうかん氏が設計し、愛さんの師匠である大工の棟梁チームが建ててくれた
そんなわけで、今ではタヌパック阿武隈も、獏原人村とまったく無関係ではない。

現在、獏原人村に住んでいるのはマサイとボケという50代の夫婦。二人は365日、家の中が零下になるような真冬でも、電気のないこの地に住んでいる。
敷地内には一級建築士・大塚しょうかん&大工の愛夫妻の住む新居と、廃屋同然になっている太鼓奏者トシ氏の家、そして夏に行われる「満月祭」という、ミニウッドストックみたいなイベントのメイン会場兼宿泊所にもなっているドームハウスなどがある。

去年の夏、訪れてみた。
ただただだだっぴろい土地で、人の気配もなかった。
いくつかある建物のうち、母屋らしきものの中を覗き込んで「こんにちは」と声をかけると、奥から人のよさそうな女性がひとり笑顔で出てきた。初対面なのに、なんの警戒心も抱いていないようで、まるでお隣さんを迎えるような感じ。あまりにあたりまえのように出迎えられて、びっくりしてしまった。
これがボケさんだった。
旦那のマサイ氏はお昼寝中。
後から起きてきて「お茶飲むなら外がいいよ」と、藤棚の下でしばし歓談した。

噂通り、本当に気負いのない人たちだった。初対面なのにな~んにも緊張感がない。
で、一緒にいるとほんわかと楽しくなってくる。そういう「ほんわか」体験は初めてだった。
けっこうきわどい話や危ない話、暗い話もしているのに、基本的に「談笑」になる。

現代人は、楽しむのも意識してやってしまうところがある。笑わせなくちゃとか、楽しまなくちゃ損だとか、そういう気持ちがどこかにある。だから、飲み会だろうがレジャーだろうが、後に微妙な疲労感が残る。
漫才はボケとツッコミの組み合わせが普通だが、この夫婦はどっちもボケないし、ツッコまない。その代わり、二人ともやや天然ボケのようだ。
まあ、電気も来ていない土地に30年も住んでいれば当然か……。

このマサイ&ボケ夫婦、なんと先日、テレビ朝日系の『銭形金太郎スペシャル 大自然自給自足生活マル秘頂上戦』という番組に「原人ビンボーさん」として登場した。
テレビ番組表の解説は「電気ガス水道なし…電話も圏外…原始人の生活を目指す元気夫婦30年間も自給自足生活」というもの。
もちろん、しっかり録画して、酒を飲みながらじっくり見た。
この手の番組にしては嫌みな演出も少なく、なかなかよかった。
それにしてもマサイ・ボケ夫婦の「自然体」ぶりは堂に入っていて、自慢?の愛車を持ち出すところや、卵の代わりにヒヨコを持たせるといったヤラセ演出の中でさえ、番組スタッフにてろ~んと調子を合わせている様子が面白かった。

マサイさんはその後、六本木のテレビ朝日スタジオにまで行ったのだが、そこでも「こんなに緊張していない人は番組始まって以来です」なんて言われていた。
西川きよしが例のごとく目を剥いて「この(ものすごくきらびやかな)セットを見て、どう思いましたか?」と訊いても、「いや、先に見ていたから」とサラリと流すマサイ。
「六本木ヒルズは?」「いや、まだ見てないから」
こういうやりとりには、むしろ芸能人のほうが慣れていないようで、それ以上うまくツッコめないで空転していた。
もちろん当のマサイ氏はボケてるなんて意識はないし、この会話などはごく「普通」の会話であり、天然ボケでもない。普通の会話が面白いのだから、まさに「自然体の達人」の域に達している。
後日、村の友人から「昔のマサイさんだったら、あんな番組になんか絶対出なかったでしょ」と冷やかされていたが、そのときも「うん、まあ、そうかな」と、ふつ~に答えていた。
自然体の達人も、最初から自然体だったわけではないのである。

冒頭で書いたように、「自然体」なんて言葉を使わなければいけない時点で、すでに人間、自然体ではないのである。
タヌパック阿武隈で、自然に親しみながら気楽に生きたいなあ、なんて考えている僕は、すでにその段階で「自然に生きたい」と「意識している」わけで、マサイの域にはほど遠い。
もちろん、向こうは電気のない生活30年。到底勝てるわけがないのだが。



●獏原人村(去年の夏)
「愛ちゃんの家はこっちだよ」と案内してくれたボケさん


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