たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年3月31日執筆  2006年4月4日掲載

想い出オプションは無料

「ねこつぐら」というものがある。
藁で編んだネコの家。
雪深い農村などで、冬場、おばあちゃんたちが藁を編んで作ったのが始まりだと思う。
これを商品として売り始めた村があり、だいぶ前、テレビの情報番組で、それが紹介された。そのときの価格は確か2000円だった。
たちまち問い合わせが殺到し、数か月先まで予約が埋まった。

需要と供給の関係で、ねこつぐらは今では1個2万円くらいにまで値上がりした。もともとは「うちのタマ」が気持ちよく眠れるようにとおばあちゃんが作ったものが、2万円の商品を生む内職になったのだから、それはそれでめでたい話である。

何年か前、小千谷市のスーパーで、ねこつぐらが1980円で売られているのを見つけて買った。中国製だった。
ウサギ用に買ったのだが、残念なことに編み糸がナイロンだったので、ウサギが囓ると胃にナイロン糸が引っかかる事故につながりかねず、そのうち使用を中止した。
代わって、全部藁で作られているねこつぐらを高柳町(新潟県)の物産館で見つけて購入した。小さなタイプだったが、1万円以上した。それでも一般相場からすると高くはないのである。

ねこつぐら1個を作るのにどれだけの時間がかかるのかは知らない。全部手で編むのだろうから、結構時間がかかるだろう。原材料費は藁だからただみたいなもの。2万円の大半は手間賃ということになる。
越後のおばあちゃんの手間賃は、中国の娘さん?の手間賃の何十倍にもなるわけだが、中国製のねこつぐらが大量に入ってきたら、価格破壊が起きる日がくるかもしれない。

タヌパック阿武隈の逆三角形の窓や玄関ドア、トイレとお風呂場の木製引き戸を作った建具屋さんは渡辺さんといい、若く見えるが僕と同世代。
腕はいい。
しかし、驚くべきは彼の無欲さだ。依頼した建築士が値段の安さに呆れていた。首都圏の価格の半値近いというのだ。
例えば障子1本(900×1800mm)が1万2000円。手間賃ではなく、材料費込みの値段である。
ついには、東京の仕事も彼のところに依頼することになったらしい。運送料や交通費を払っても、そのほうが安いというのだ。

タヌパック阿武隈でも、ほぼ完成した後、この建具屋さんに洗面台の下につける開き戸を頼んだ。
「いくらくらいでできます?」
と訊くと、30秒くらい考え込んだ後、ため息に近いような声で、
「1万5000円。税込、取り付け工事込み、材料費全部込み」
と言う。
もし自分で作ったとしたら、材料費だけでもそれ以上かかるかもしれない。
もちろんお願いした。

できあがった扉は想像以上だった。
蝶番はスプリングのついた高級なもので、これだけでもDIY店で買えば結構しそうだ。取っ手のつまみなどの部材も結構揃えるのは面倒だし、積み重なると結構な金額になる。
しかも、取り付け面が左右不揃いで、扉の他に、横の囲い板も付け足さなければならなかった。扉本体も含めて、材料は杉の単板。集成材や合板ではない。扉だから、それなりにいい板を選ぶ必要もある。
彼は隣の田村市(旧都路村)に住んでいるので、ここに来るのも片道30分以上かかる。ガソリン代も高くなったしなあ。
全部で1万5000円……。一体彼の手間賃はいくらになるのだろう。5000円も残らなかったのではないかと心配になった。

この扉があまりに安かったので、仕事机も頼めないかと思って訊いてみた。
「幅2m、奥行き55cmくらいの長い机を作りたいんだけど」
「う~ん、材料次第ですね」
「材料が安く手に入れば安くできる?」
「それはそうですね」

板は建築士が、自分の事務所の床張りに使った板(30mm厚の杉単板。105mm幅×3000mm)が余っているからあげますよ、と言ってくれた。
で、「板はもらえることになったんだけど、これで机を作るといくらくらい?」と、渡辺さんに訊いてみた。
また30秒考えた後「う~ん、1万5000円」と答えた。
彼が値段を言うときの声のトーンは、常にちょっともの悲しい。板はただとはいえ、机にするには何枚もきれいに張り合わせ、反らないように補強材も入れなきゃいけない。もちろん机だから脚も必要だ。それを全部やって1万5000円(税込)。材料運んだりするために何回か往復しなくちゃいけないし。それもみんなやっていちまんごせ……。
いいのかなあと心配しながら、またもや頼むことにした。

これだけの腕と良心的価格をもってしても、建具屋という商売そのものが、今では風前の灯火なのだという。
「私は2代目ですが、子供には継がせませんよ。もう、こんな商売無理だもの。ハウスメーカーの商品には最初から工場で生産された建具がついているしね」

職人さんが生きていけない世の中は寂しい。
今回、彼のような職人さんと知り合えて幸せだった。
これからずっと、「これは渡辺さんが1万5000円で作ってくれた戸。そうそう、最初、縦と横の寸法を間違えて作ってきて、まるまる扉2枚無駄にしちゃったんだっけ」などと思い出しながら暮らせる。これはものすごく贅沢な「想い出オプション」だ。
ハンバーガー屋のおねえさんの「スマイル0円」なんかよりずっと幸せになれる。

彼は今「たまたま」忙しいそうで、机作りは4月半ば以降になるという。
待ち遠しいなあと思っていたら、板をくれるという建築士しょうかんさんがやってきて「僕がまた仕事頼んでしまったから、4月はじめからは東京の現場の仕事が入ります」とのこと。
で、僕の仕事机はしょうかんさんの愛妻、伝説の大工・大塚愛さんが作ってくれることになった。
これまた楽しみ。
早く「愛ちゃんの机」で原稿書きたいなあ。



●洗面台下の扉1万5000円
左の引き戸(風呂場の戸)も渡辺さん作


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