イーネットコーポレーションや僕の個人メールアドレス宛には毎日千通を超すspam(迷惑メール)がくる。ドメインレジストラに管理者メールアドレスとして登録してあるものや、古くから使っているアドレスなので、抹消してしまうわけにもいかない。1時間おきに
Spam Mail Killerがspamをサーバーから削除してくれるが、すり抜けてくるメールも多数あり、メールの受信巡回をするたびに、Delキーを淡々と押して消している。
海外からのspamは、HTMLメールを拒否すると激減するが、いまだにOutlook ExpressやHOTMAILからHTMLメールを平気で送ってくる人が多いので、「HTMLメールはすべて削除」というフィルターをかけてしまうわけにもいかない。
このところ、日本語のspamが急増し、辟易している。
海外からのspamは「ロレックスのレプリカ腕時計はいかが」とか「バイアグラより効く薬ありまっせ」といった、何かを売りつける内容がほとんどだが、日本語のspamは、そのすべてが下半身狙いの詐欺メールで、同じ内容なのだ。要するに女性がセックスの相手を探していて、相手になるとお金がもらえる、というもの。
呼び込みの手口はいろいろだが、内容はこれに集約される。
なぜ日本のspamは全部こうなのか。こういう国は世界にも稀なのではなかろうか。
手口も進化する。たとえばタイトル。
「先日はありがとうございました」
なんていうのはもう古い。
最近では、
「Re:資料送付の件」
とか
「そうそう、別件でお願いが」
とか、仕事のメールを装ったタイトルも増えてきた。
内容も少しは変わったものが出てきて、中には、あまりの労作?ぶりに、思わず途中まで読んでしまうものもある。
//タイトル:米田寅美
初めまして。見知らぬ人間からいきなりのメールの到来、すわ何事かといぶかしんでいるかと思われます。
当方、米田寅美という婆で御座います。
主人は既に他界しており、息子夫婦も四年前に事故にて失い、今は息子夫婦の残した孫娘と朗らかな日々を過ごしております。
やつがれと同年代で嗜む者が多い盆栽にもゲートボールにも興味が無く、趣味は専らインターネットでのエロ画像の収集であります。
早速ですが今回メールさせて頂いた本題に入ります。
折り入ってお願いがあるのですが、孫娘と交尾して頂けないでしょうか。
(以下略)//
こんなのがあるかと思えば、
//タイトル:県立白姫女子校保険室
この前の妊娠検査について 保健室からのお知らせです。
間違って受け取った方は、 お手数ですが、破棄してください。 お詫び致します。
該当する人は 下記リンクより入ってお知らせを確認して下さい。
(URLの記述)
//
//タイトル:宜しくお願い致します
先日はいろいろと有難うございました。
実は例のコーナーを再開しましたので、
ご連絡をと思いまして。
(URLの記述)
宜しくお願い致します。
//
なんてのもある。
もう少し凝ったものだと、
//タイトル:同じ職場で働いていた洋子です
私の事を覚えていますか?
でも、8年前の話ですし、あまり話もしなかったので記憶に無いかもしれませんが…。
同僚の斉藤さんから雄二さんのアドレスがこれxxx@xxx(注:タヌパックデジタル工房の仕事用メールアドレスが記述されている)だと聞き、いきなりメールしました。
それで、今更の告白なんですが、雄二さんの事がずっと好きでした。
でも、私は結婚していましたし、困惑させたくないと言う思いで声をかけないままになってしまいました。
じゃぁ何故メールをしたかと言うと、実は離婚したんです。先月ですが。
都合の良い考えは雄二さんを傷つけるとは思ったんですけど
8年間思い続けてたので…メールしたい衝動を抑えられませんでした。
雄二さんは生真面目で、素朴で、そんな雰囲気に惹かれました。
でも、当時の私は主人に不満もあってか、浮気したり遊びまくっていたので…。
雄二さんとは釣りあわないと思って押さえていました。
でも、雄二さんを好きな思いは今でも変わりません。
この人なら心から真剣に愛せるかなって。
当時は、どんなに真剣な気持ちでも不倫にしかなりえなかったのですが
今の私なら、受け入れてもらえるかと思って、勇気を出して告白します。
私の、8年間の思いを、真剣な気持ちを受けとってください。
私は引っ越してはいないので、以前と同じ501号室に住んでいます。
携帯はご存知無いはずですので、連絡頂けたら教えます。
お忙しいとは思いますけど、時間のある時でかまいませんのでお返事ください。
本心は早くお返事いただきたいのですが…。
心よりお待ちしていますね。
//
で、翌日、同じメールアドレスから、
//タイトル:雄二さんのことでメールした洋子です
何のメールだろうと、思われたでしょうが…。
ごめんなさい、アドレスを間違えてメールをしたみたいなんです。
本当にごめんなさい。
教えてもらったアドレスが違っていたようです。
xx@xxx は、あなたのアドレスですものね?
本当に申し訳ありません。。
削除して下さい。
失礼します。
//
……という二段攻撃。
最後の「失礼します」に反応して「もしよかったら私が相談に乗りましょうか」なんていう間抜けな返信を出すやつが一体どのくらいいるものなのか。
しかし、このへんまで凝ってくると、返事をした人に、さらに返事をする「担当者」がいるはずで、結構、「人件費」もかかりそうだ。
最近聞いた話では、この手の仕事を、売れなくて生活に困っている作家やライターが請け負っているという。
僕も売れない作家だが、幸か不幸か(……不幸ではないか)、こういう仕事依頼は今のところない。
大昔、男の子向けの雑誌に、デートシミュレーション小説みたいなものを書いたことがある。
「洋子ちゃんはきみに前の彼のことが忘れられないと相談してきた。さて、きみは……
相談にのってあげる → Aへ
無視する → Bへ」
なんていう、読者に話の展開を選ばせる分岐がストーリーのあちこちに仕組まれていて、エンディングも複数用意されている。
当時はまだマルチエンディングノベルやゲーム小説なんていうものもなかったので、そこそこの内容でも面白がられたらしい。
小説家はうまく嘘をつくのが仕事である。
今、メール詐欺犯罪に手を染めている「食えない作家」が何人もいるとしたら、そうした技術の切り売りをしているわけだ。
それにしても、これだけspamが増え続けているということは、それが商売になっていることを意味している。米田寅美や洋子ちゃんに返事を書いている男がいっぱいいるのだろう。
オレオレ詐欺と同列だと思うのだが、摘発されたというニュースはついぞ聞かない。オレオレ詐欺より安全な犯罪なのだろうか。
この手のspamが及ぼしている被害は、実際に金を騙し取られた被害だけではない。膨大な数のspamがインターネットの公的リソースを食いつぶし、情報社会の根底を揺るがせていることのほうが、はるかに大きな被害である。
こういう犯罪に厳罰で対処する法律こそ、さっさと成立させるべし。