たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年9月29日執筆  2006年10月3日掲載

犬にとってのニッポン国

今月は、年末に出版予定のデジカメ本(青春新書)の執筆に追われている。
執筆といっても、写真をパソコン上でいじる作業が大半で、文章を書くのは時間にすれば総作業量の10分の1にも満たないかもしれない。
新書判サイズは、ページの横幅が10cmくらいしかないので、横断ち落としで目一杯大きく写真を載せても10cm以上の大きさにはならない。横長の写真だと、縦は6cmがいいところ。
この小さなサイズでどれだけ読者の目を引く写真を掲載できるかがポイントとなる。
モニターで見ているときは迫力があっても、数センチ四方に印刷された途端、魅力が失せてしまう写真もある。構図的にバランスがとれた写真を、泣く泣くトリミングして、見せたい部分だけを大きく切り取ったりしている。

僕は最近、自分の写真への取り組み方を「日常写真家」と定義している。
こういう写真を撮ってくださいと依頼されて撮るプロカメラマンではなく、日常に散らばっている光景を切り取って見せる。その切り取り方を含め、写真の撮り方、楽しみ方を提言していくプロ、というような意味だ。

日常写真家は、プロのモデルを雇って写真を撮ることはあまりない。かといって、見ず知らずの人が写っている写真をお気楽に公開するわけにはいかないから、おのずと動物の写真などが多くなる。
阿武隈は植物や昆虫の被写体には事欠かない。しかし、それだと全部マクロ撮影のサンプルになってしまうので、もっと大きな、動く被写体を求め、川崎の仕事場に近い公園に数回足を運んだ。
ここは正確には公園ではない。浄水場の巨大な濾過槽のようなものが地下にあり、その上が広い草地になっている。
事故を防止するため、球技をしたり犬を放すことを禁止する看板が掲げられているが、実際には近所の草野球チーム、サッカーチームなどがパイロンを立てて練習しているし、リードから解き放たれた犬たちが疾走している姿をよく見かける。

犬が走り回る光景は実に心が和む。飼い主たちもみな幸せそうな顔をしている。
夕方、大小さまざまな犬が飼い主たちと集まってくる。小はチワワやペキニーズから、大は子馬ほどもあるボルゾイまで。
犬たちは喧嘩をするでもなく、ごくごく自然に走り回り、ボールを追いかけ、あるいはペタンと寝そべって、この至福の時間を楽しんでいる。

ああ、「美しいはずのニッポン」に欠けているのは、こうした光景なのだと、つくづく思う。
毎日、親が子供を虐待死させただの、インサイダー取引や汚職でだれそれが逮捕されただのというニュースがあふれかえる中、ここに来ると、無条件に幸福な気持ちに浸れる。

しかし、同時に、こうした光景を見ることができる場所が、今のニッポンにどれだけあるだろうかという疑問が浮かんでくる。
ほとんどないのではなかろうか?
都市部で、犬を思いっきり走り回らせることができる場所があるだろうか?
この広場も、本当は「犬はリードから放さないで」散歩させなければならないことになっている。しかし、この広い土地を前にしても走り出せないとしたら、犬にとってどれだけ残酷な仕打ちだろうか。

いわゆる「お座敷犬」と呼ばれる小型の洋犬も、ここではびっくりするような速さで走り回っている。犬というものは、本来人間より足が速いのね、と、あたりまえのことを思い知らされる。走り回らない(走り回れない)犬を見慣れてしまっていることのほうが異常なことなのに。

世界の中で、「犬の開放時間」平均値を出すと、ニッポン国は相当下位にくるのではないか。もしかすると、一生、大地の上で鎖とリードから解放されることなく死んでいく犬のほうが多いかもしれない。
大きな犬から小さな犬まで、全部放してもなんの事故も起きない。そういう環境を人間が創り出せることこそ、本当の先進国なのではないかと思う。

自分より大きな犬のリードを持つ小さな子供たちもまた、ここではとても自然で、いい顔をしている。
放してもちゃんと限度をわきまえられる犬を育てられる人間は、自分の子もちゃんと育てられるだけの豊かさ(物心ともに)を持ち合わせているということかもしれない。

「おじちゃん、ハナの写真、かわいく撮れたぁ?」
「ん? ……うん。まあね」
小さな女の子と言葉を交わすことに、本来不必要な緊張を強いられる現代ニッポン国。
いつからこんな心貧しい国になってしまったんでしょうねえ。



ボルゾイ
●スローシンクロの実験モデルになってもらった




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