柳沢厚労相が、「女性は子供を産む機械」だと発言したとして大騒ぎになった。
報道記事をよく読むと、どうやら、
「15歳から50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」
という内容のことを言ったらしい。
この中の「産む機械」「産む装置」という表現が抽出され、報道されることによって、女性をなんだと思っているのか、という怒りが巻き起こったわけだが、僕はそれ以前に、この文脈、論旨のほうが問題なのではないかと思う。
「あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」というのは、個々の女性にせっせと子供を産んでもらうしかない、という意味である。
なぜ「産んでもらうしかない」のかといえば、日本は「少子化」問題に直面して、危機的状況にある、という前提があるからだ。
この前提がそもそも正しいのか? と問いたいのである。
世界の人口は増え続けている。
目下、1秒あたり4.2人産まれて、1.8人死んでいるらしい。
ということは、差し引き、1秒あたり2.4人増え続けているのである。
1年では、1億3320万人産まれ、5549万人死んでいる。差し引き、7771万人増え続けている。
この調子で世界の人口が増え続けるわけがないことは、普通の頭で考えても分かる。地球が養える人間の数には限りがあるのだから。
間もなく大きな破局が訪れ、人口は減るだろう。
で、少子化が騒がれる日本だが、日本における出生率はどうなのかというと、合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子供の平均数)1.26という数字は、世界の中では、少ないほうから数えて十数番目くらいらしい。
合計特殊出生率が1.3以下の国というのは結構あって、少ないほうから並べると、
1 | ウクライナ | 1.1
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2 | ベラルーシ | 1.2
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2 | ブルガリア | 1.2
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2 | チェコ | 1.2
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2 | ギリシャ | 1.2
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2 | ポーランド | 1.2
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2 | 韓国 | 1.2
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2 | モルドバ | 1.2
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2 | サンマリノ | 1.2
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2 | スロバキア | 1.2
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2 | スロベニア | 1.2
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12 | アンドラ | 1.3
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12 | アルメニア | 1.3
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12 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | 1.3
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12 | クロアチア | 1.3
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12 | ドイツ | 1.3
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12 | ハンガリー | 1.3
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12 | 日本 | 1.3
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12 | イタリア | 1.3
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12 | ラトビア | 1.3
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12 | リトアニア | 1.3
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12 | ルーマニア | 1.3
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12 | ロシア | 1.3
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12 | シンガポール | 1.3
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12 | スペイン | 1.3
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……
という感じになるらしい。
1.3以下の国はざっと26くらいあるわけだ。
日本が特に「子供を産まない国」というわけではないのである。
イタリア人は情熱的で、男は一歩外に出るや、見境なく女を口説いているようなイメージを持っている日本人が多いが、実際には日本人と同じくらい子供を作らないのである。
東欧圏諸国でも、子供はそうそう作らない。
お隣の韓国に至っては、2000年から2004年にかけての合計特殊出生率は、1.47、1.30、1.17、1.19、1.16と急激に低下している。
さて、ここで注意したいのは、日本の合計特殊出生率は特別低いというわけではないけれど、日本人の平均寿命は間違いなく世界一である、ということだ。
男女総合の平均寿命は82歳で、世界1位。
その結果、
全人口に対する60歳以上の人口の割合は25.6%で、これも当然、世界1位。
上のリストに出てくる、出生率の低い国々は、すべて日本より平均寿命が短い。
ということは、日本より確実に人口が減っているはずである。
実際、ヨーロッパ全体では急速に人口が減っている。出生率の低い国が多く、しかも日本のように長生きする国ばかりではないのだから、当然だ。
しかし、ちょっと考えてみたい。日頃の報道で「ヨーロッパが消滅の危機」なんていうニュースを耳にすることがあるだろうか。むしろ、ユーロ経済は好調に見えるし、日本では、環境対策だのなんだので見習うべき国として、よくドイツや北欧諸国を取り上げている。
出生率と国民の幸福度が比例関係にあるというなら問題だが、そんなことはありえない。
実際にはむしろ逆である。
一人っ子政策で有名な中国の合計特殊出生率は1.7で、世界の40位。
毎年どれだけの人間が飢え死にしているのか分からない北朝鮮の合計特殊出生率は2.0で、世界の58位(ちなみにこれはアメリカ合衆国と同じレベル)。
西アフリカ、サハラ砂漠の南に、ニジェールという国がある。この国の国民の平均寿命は41歳で、世界183位。特殊出生率は7.8で世界191位だそうだ。
ニジェールの女性は、40年そこそこの生涯で、平均8人近い子供を産んでいる。
平均寿命が40歳そこそこの国では、当然、60歳以上の老齢人口も極端に少ない。
この国には「少子化」問題は存在しない。あるのは貧困や飢饉、医療の遅れといった、生きることに関する基本的な問題ばかりだ。
アジアに目を向けてみよう。
虐殺や飢餓、反乱が絶えず、不幸な国の代表のように言われる東ティモールは、やはり合計特殊出生率が7.8で、ニジェールと同じ世界191位である。
少子化というのは、人口全体に占める子供の割合が小さいという意味だが、言い換えれば、「人が長生きする」ということでもある。
「国民が長生きする」のは国の危機なのか?
住みやすく、幸福度の高い国であることの立派な指標ではないのか?
日本が考えなければならないのは、「どうしたら子供が増えるか」ではない。子供は普通に産まれてきている。
それよりも、「増えていく高齢者が、いかに元気で、幸福に暮らせるか」を真剣に考えなければならない。
笑顔で暮らす高齢者が目立つ国……まったく悪くない。日本の目標はそこに置くべきなのだ。そういう国になれば、自然と子供を作ろうという気にもなる。
「あとは
一人頭で頑張ってもらうしかない」
と厚労相は言った。
「一人頭がいっぱい産む」国と、その国の国民の幸福度は、大雑把に言えば反比例している。
権力者が産めよ増やせよと号令をかける国は、とても危ない。