たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2007年2月23日執筆  2007年2月27日掲載

「核恐喝発電」という発明


今年のバレンタインデー、世界でいちばん甘くておいしいプレゼントを得たのは北朝鮮政府だった。
言うまでもなく、先日の6者協議で、北朝鮮が核開発を放棄すれば、その初期段階で重油5万トン、完全放棄を確認できた段階で重油100万トン分のエネルギー支援を行うという合意がなされたという件のことだ。

この報道で僕がおやっと思ったのは「重油」というキーワードだった。
原油ではなく、重油。
原油を精製し、ガソリンや軽油は取り除き、残った重油だけをあげましょうという話なのである。

重油はA重油、B重油、C重油などと分類される。A重油というのはほぼ軽油に近いもので、そのままディーゼルエンジンを回せるほどの品質がある。
C重油はアスファルト残滓の一歩手前といったどろっとしたもので、こんなものをディーゼルエンジンに入れたら、即、壊れてしまう。

話が少し脱線するが、軽油、灯油、ジェット燃料、A重油は、成分的には大差がなく、どれを使ってもディーゼルエンジンを回すことができる。しかし、日本では、自動車用のディーゼルエンジンに使われる軽油には高額の軽油引取税がかかるが、船舶・農業用に使われる場合は軽油引取税がかからない。そのため、A重油や灯油を混ぜて脱税する「違法軽油」犯罪が後を絶たない。
この脱税行為を摘発する目的で、灯油とA重油にはクマリンという芳香性のある物質を添加して色をつけている。自動車用に使われている軽油にクマリンの痕跡があれば、A重油か灯油を混ぜた不正軽油だと分かる(ちなみに、こんなことをしているのは世界中で日本だけ)。
しかし、クマリンは酸やアルカリで分解されるため、硫酸や水酸化ナトリウムを使ってクマリンを除去する、通称「クマ抜き」と呼ばれる行為も横行している。
「クマリン」という、くまちゃんのぬいぐるみを連想させる可愛いらしい言葉の裏には、ずいぶんとどろどろした暗闘劇が隠れているのである。

閑話休題。
C重油というのは、重油の中でも最も品質が低い。粘度が高く、燃焼させるには大型で特殊な装置を必要とするため、主に火力発電所の燃料として用いられている。
原子力発電所がフル稼働しているときには、火力発電所はその分休止しているので、C重油はどんどんだぶついていく。原油を精製すれば、必ず一定量のC重油も出てくるわけで、C重油だけを作らないというわけにはいかない。
アメリカのように、火力発電の燃料も重油から天然ガスに移行していくと、ますますC重油は嫌われ者になっていく。

北朝鮮へのエネルギー支援が「重油」で行われるという話を聞いて、まっ先に思い浮かべたのはこの「C重油問題」だった。
要するに、北朝鮮に余り物を押しつけようとしているだけなのでは?
……と勘ぐりたくなるのである。

重油計100万トンの市場価格は約3億ドルという記事も出ていた。初期段階の5万トンなら、1500万ドルだ。意外と安いな、と思う人も多いのではないだろうか。
まあ、輸送費などを入れれば、もっと高いものになるのだろうが。

で、重油を使って北朝鮮は火力発電をして電力を得るわけだが、このへんのことを、「原子力発電は二酸化炭素を出さないから地球に優しい」云々と、大金を使ってさかんにPRしている国で報道するなら、もう少し実情を詳しく教えてほしいものだと思うのである。
北朝鮮に送られる重油の内訳(品質割合)はどうなっているのか。
北朝鮮の電力事情は今どうなっているのか。火力発電所がフル稼働したときの発電能力がどのくらいあって、実際にはそのうちのどれだけが燃料(重油)不足で休止しているのか。
C重油の中でも、硫黄分が低いものは価格も高い。となれば、北朝鮮には価格の安い、硫黄分の高いC重油がどっと送り込まれるのではないかと予想がつくが、そうした硫黄分の高いC重油が北朝鮮の火力発電所で使われた場合、脱硫処理は大丈夫なのか。
……そういう情報を知りたいのだが、いくら探しても出てこない。

分からないことだらけの北朝鮮への重油援助だが、ひとつだけはっきりしていることがある。
それは、北朝鮮は、
1)原子炉を建設してプルトニウムを抽出し、
2)それによる「核の脅威」を使って他国からただで重油を得て、
3)それにより火力発電する
……という「核恐喝発電」とでも呼ぶべき新種の発電方法を発明したということである。
おそらく、この発電方法を成功させようとしている史上初めての国家ではなかろうか。
その意味では、これは「歴史的発明」と言えるのかもしれない。


●2ミリの水滴に映る雑木林
(2007年2月18日 阿武隈にて)





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