もう二度とパソコン本は書かないと心に決めていたのだが、生きていくためにはお金が必要で、気がつくと、自分から出版社に売り込んでいた。
発売日は8月20日というから、だいぶ先。でも、今月中に原稿を、と言われ、書き始めているところ。
この本のために、嫌々Windows Vistaがインストールされているパソコンを買った。予想通り、困ったOSである。基本はXPと変わらないが、余計なお世話機能や、意味なくCPUやメモリに負荷をかける「新機能」が満載されている。本の執筆が終わったら、画面デザインは「Windowsクラシックスタイル」にして、あらゆる「視覚効果」を外し、プリインストールされていたセキュリティソフトもアンインストールし、ひたすら軽くカスタマイズして、画像処理用パソコンとして使うつもり。それまでは我慢我慢で、アホらしい画面を見続けることになる。
Vistaへのツッコミどころはたくさんあるのだが、今回はVistaがどうのということよりも、インターネットの「ドメスティック化」現象について書いてみたい。
spamの増殖ぶり、増長ぶりは目に余る。「迷惑メール」という日本語が定着しているが、あれは迷惑というより「犯罪メール」である。
当然、プロバイダ、サーバー会社、そしてもちろんユーザーレベルでも、様々なspamフィルタを設置して、対抗するわけだが、簡単にはいかない。
spamとおぼしきメールは、目に触れる前に自動選別して処理したいが、どうしたらspamと見分けられるのか、フィルターの設定が難しい。
僕が使っている
Spam Mail Killerというspam自動判別&削除ソフト(メールを受信する前に、サーバーから削除する)では、削除フィルターの条件テンプレートが80くらい用意されているが、その中には、
- に2バイト文字が含まれないメールを削除 ※ISO-2022-JP対象外
- Date: に +0900 や JST が含まれないメールを削除
- 本文に平仮名が含まれないメールを削除
- Subject: が UTF-8 で記述されているメールを削除
といった条件のものがある。これらはすべて、「日本語ではないメールは削除する」という意味に近い。
もっと露骨に、
- 韓国(.kr)経由のメールを削除
- 中国(.cn)経由のメールを削除
- 台湾(.tw)経由のメールを削除
- 香港(.hk)経由のメールを削除
- インド(.in)経由のメールを削除
- インドネシア(.id)経由のメールを削除
- ARIN管轄IP経由のメールを削除
- LACNIC管轄IP経由のメールを削除
- RIPE NCC管轄IP経由のメールを削除
- APNIC管轄IP [-.jp.kr.cn.tw.hk.in.id] 経由のメールを削除
- AfriNIC管轄IP経由のメールを削除
といったものもある。
こうなってくると、インターネットでもなんでもなく、日本国内限定ネットとしてしかメールを受け取らない、ということになる。
インターネットではなく、ドメスティックネットだ。
もちろんこれらを採用するかどうかはユーザーの判断に委ねられるわけだが、実際に「中国経由のメールを削除」という設定をすると、かなりのspamが引っかかって削除されるのである。「今夜は夫が留守なので……」なんていう日本語の題名の詐欺メールも、かなりの数、中国のサーバーから送られてくる。こうしたメールの多くを受信する前に消してくれるのはありがたいから、ついつい設定したくなる。
しかし、そんなことをしたら、勤めている会社の中国支社や取引先からの重要なメールも削除されてしまうから、設定できない、という人が多いはずだ。
中国と特におつきあいがない人であっても、インターネットというものを使う上で、特定の国から送られてくるメールを一切拒否するなんていう設定はしたくないだろう。
インターネットは世界を結ぶんじゃなかったのか? 今さら鎖国か!
Windows Vistaを使ってみて、この「ネット鎖国時代」を強く再確認させられてしまった。
Vistaには、それまでのOutlook Expressの後継メールソフトとして、「Windowsメール」というものが附属してくる。使い方はOutlook Expressとほとんど同じで、標準設定のまま使うとHTMLメールを送信したり、サーバーに30分おきに自動接続したりするというやっかいな代物だ。(ただでさえ初期設定が分かりにくいのに、間違った設定のアカウントを放置すると、それだけでメールサーバーへひっきりなしに不正接続を繰り返すサーバーテロマシンと化すことになる)
このWindowsメールは「spamフィルタ搭載」が売りになっている。
[迷惑メールのオプション]→[インターナショナル]という設定画面を開くと、[ブロックするトップレベルドメインリスト]なるものが出てくる。
xxx.com や xxx.co.jp などのドメイン名において、最後の.comや.jpの部分を「トップレベルドメイン」という。[ブロックするトップレベルドメインリスト]の目的は、送信者メールアドレスのドメインが、例えば、.JP以外の国・地域別ドメインであった場合、そのメールをブロックするというものだ。
リストを開くと、
AD (アンドラ)
AE (アラブ首長国連邦)
AF (アフガニスタン)
AG (アンティグア・バーブーダ)
AI (アンギラ)
AL (アルバニア)
AM (アルメニア)
AN (オランダ領アンティル)
AO (アンゴラ)
AQ (南極)
……から始まり、
ZA (南アフリカ)
ZM (ザンビア)
ZW (ジンバブエ)
……まで、239の国と地域が一覧で出る。
南極にも国・地域別ドメインは割り当てられているのだなあ、と改めて感心させられる。(誰が使うのかしら?)
これをいちいち見ながらチェックを入れていくのは大変なので、この「ドメイン名でブロック」する機能を使おうと思ったら、「すべて選択」をチェックする人が多いだろう。
しかし、この239の中には「JP(日本)」も入っている。「すべて選択」したままだと、xxx.jp や xxx.ne.jp xxx.co.jp といったドメイン名を持つメールアドレスからのメールもすべてブロックされてしまう。そこで初めて、こりゃまずい、と気がつき、JPに入っていたチェックを外す……というユーザーがいっぱい出てきそうだ。
こんな機能を使ったらどういうことになるのか?
.CC(ココス島)、.TO(トンガ)、.ST(サントメプリンシペ)、.TV(ツバル)、.WS(西サモア)、.BZ(ベリーズ)、.IN(インド)、.CX(クリスマス島)……といった、多くの国・地域のドメインは、世界中のあらゆる個人・団体に開放されていて、誰もが自由に取得・利用できる。xxx@xxx.toという送信者アドレスを持つメールが、トンガ共和国から送信されるわけではないし、xxx.toというドメイン名の所有者が、トンガ共和国の住民だということでもない。ちなみに僕は数十のドメインを所有しているが、その中には.INも.STも.CCも.CXもある。
僕がやっている「イーネットコーポレーション」の代表ドメインは enet.cc である。.CCは、本来はココス島に割り当てられたドメインだが、古くから世界に開放されているので、今では.COM/.NET/.ORG同様に、世界中であたりまえに使われている。
国・地域別トップレベルドメイン名によるフィルターなんてものを設定したら、こうしたドメインを使っている人たちからのメールがすべて届かなくなる。
そもそも、spamやウイルスメールの送信者アドレスはまず間違いなく偽装されていて、実際の所有者とはなんの関係もない。ドメイン名によるメールブロックは、意味がないどころか、重要なメールを喪失することにつながる危険極まりない愚行といえよう。
こうしたものが「新機能」として搭載されるとは……なんだかもう、情けないのを通り越して言葉も見つからない。
「ドメスティックネット」化していくインターネットを、それでも使わざるをえない現代人。悲しすぎる。