たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2002年1月16日執筆  2002年1月22日掲載

倭の国のドメイン狂想曲

ドメイン(domain)という単語を古い辞書で引くと、「領地」「所有地」「(土地の)完全所有権」などという訳語が並んでいる。今は誰もが、ドメインといえば xxx.com や xxx.co.jp といったインターネット上の登録屋号(ドメイン名)のことだと思うだろうし、それ以外の使い方は滅多にしないだろう。

実はわたくし、重度の「ドメイン廃人」で、数十のドメインを所有している。
最初に取得したドメインは tanupack.com。わが屋号「タヌパックスタジオ」のためのもので、1998年7月に取得した。
きっかけは、作家でありジャズピアニストでもある某作家さん(当時、ニフティの「本と雑誌のフォーラム」シスオペ)から来るメールのアドレスが、その人の「個人名.ORG」となっていて、かっこいいなあと思ったことだった。
その頃はドメインのことをよく知らず、アメリカの某ホスティング会社を通じて取得したため、余計な金がかかった。そのホスティング会社に49ドル、INTERNIC(その後、レジストラとしてはNetwork Solutions Inc.になり、現在はVeriSignと統合)に70ドル、合計119ドルを支払った。
登録した直後、そのホスティング会社から、「ではさっそくレンタルサーバーを契約してくださいね。月間80ドルからありますよ」というようなメール攻勢が続き、あれ? 119ドルでドメインが使えるわけじゃあなかったの? 話が違うんじゃないの? と、その会社と何度かメールでやりあう羽目になった。要するに、119ドル払っただけでは、まったくドメインを使えなかったのだ。自分のメールアドレスやホームページ(本来は「WEBサイト」と言って、「ホームページ」というのはWEBサイトのトップページのこと)のURL(この場合、http://tanupack.com)に使うためには、別にレンタルサーバーを借りなさいと言うわけだ。

説明をよーく読むと、確かに詐欺ではないのだが、「無料のウェルカムページをさし上げます」とか「他には一銭もかかりません」などという紛らわしい言葉ばかりが強調されていて、とにかく客を捕まえろ、という戦略が露骨だった。
その後、友人のアドバイスなどもあり、もっと安い日本のレンタルサーバー会社にtanupack.comの管理を移転し、ようやく使えるようになったのだが、ここでさらに月数千円の費用がかかることになった。
いやあ、ドメインというものを使うのは大変なのね、と分かったわけだが、これがきっかけで、その後もドメインのことを勉強し、フランス、イギリス、中国、スウェーデンなどなど、世界各国のIT企業の責任者と直接メールでやりとりし、契約を交わしたり、要望を伝えたり、喧嘩したりするようになった。そうした様々な経験を経て、今ではドメインの取得・管理代行をビジネスにしている(http://enet.cc http://domain-get.com)。
自分が紛らわしい宣伝文句に乗せられた苦い経験を踏まえて、専門的な知識がそれほどないかたがたでも、最初からメールアドレスやURL(ホームページの番地。http://tanupack.com など)に使えるように工夫している。

ドメインに関する情報は難解なものが多く、正しい知識を得るのは大変だ。それに加えて、日本人特有のトラブルというものもある。
まずは、英語のスペルミス。「ウェルカム」を「WELLCOME」と綴ったり、LとRを間違えたりするのは、ドメインに限らず、日本中ありとあらゆる看板や印刷物に見うけられるが、そういうドメイン名の登録を依頼されたときは悩んでしまう。「本当にいいんですか?」と確認することもあるが、相手によっては「失礼な!」とか「余計なお世話だ」と怒ってしまうこともあるので、難しい(お米屋さんが「LICE」と綴っていたり、鍵屋さんが「ROCK」と綴っている場合は、ちょっと深刻なので、極力確認を取るようにはしているが……)。

国税庁が開いている税金相談室のサイトは「タックスアンサー」という。ここのURLは、www.taxanser.nta.go.jpだ。「タックスアンサー」は、普通には「税(TAX)へのお答え(ANSWER)」だと想像するが、「ANSER」となっている。
スペルが間違っているぞ、という指摘が多かったのだろう、今ではTOPページに「タックスアンサー(TAXANSER)は、TAX Automatic answer Network System for Electrical Request の略称です」などという断り書きが出ている。
NTTが銀行などのためにやっていた古いサービスに「ANSER(utomatic answer etwork ystem for Electrical equest)」というのがあり、それからとったらしいのだが、相談窓口の名称に使ってしまっては紛らわしいし、苦しい。
こっそりtaxanswerというホスト名を新規登録し、どちらでもつながるように処理しておけばいいのに……と思っていたら、いつの間にかそうなっていた。

日本語名でも、訓令式ローマ字とヘボン式ローマ字をごちゃごちゃにしている人が実に多い。本多勝一氏などは、日本人は訓令式ローマ字を使えという主張を以前からされているようだが、インターネット上では、やはり「御茶ノ水」を「OTYANOMIZU」などと表記されると違和感を感じてしまう。実際、御茶ノ水駅の看板も、「OTYANOMIZU」ではなく「OCHANOMIZU」と書かれている。

もちろん、訓令式ローマ字のドメイン名はまったく問題ないし、登録するのは自由なのだが、表記が混じっている場合、いいのかなあと悩んでしまう。
僕の名前「よしみつ」は、訓令式で表記すれば YOSIMITU だが、ヘボン式で表記すれば YOSHIMITSU だ。これを YOSHIMITU とか YOSIMITSU  と表記されると、ちょっと気持ちが悪い。こうした訓令式とヘボン式が混じったドメイン名の登録依頼にも、恐る恐る「いいんですか?」と確認を取ることがある。

音引き(長音)をどう表記するかも問題だ。王さんが現役時代のユニフォームには、背中に OH と書かれていた。では、「相馬」はどう表記するのがいちばん無難なのだろうか。 SOMA SOUMA SOHMA と、3通りくらい考えられる。中には SOOMA と書いてくる人もいるが、これだと欧米人は、「スーマ」と読むだろう。
もちろん、名前の表記はオリジナルな商号であるという考え方もできるから、「私はこう書きたいから書く」でもいい。マツダの商標は「MATSUDA」でも「MATUDA」でもなく、「MAZDA」だし、アキラという名前を「AQUIRAX」と綴っている人もいる。

一昨年からは、「日本語ドメイン」というものが登場し、トラブルも急増した。
これは「タヌパック.COM」とか「鐸木.JP」などと、日本語の文字をそのままドメイン名に使うというものだ。「多言語ドメイン」といって、日本語だけでなく、ハングルや中国語などのドメインも出てきたが、実際にはこれはまだまだ実験段階と呼ぶべきもので、実用性の点では問題だらけなのだ。
まず、メールアドレスには使えない。おそらく将来も使える見込みは薄いだろう。
URLに使うには、「URL転送」という形で使われ始めているが、一般のアルファベットと数字だけで構成されるドメインのように、直接サーバーに組み込んで運用するのは至難の業で、これも当面は無理。

また、日本語を表す文字コードは、現在、主なものだけでもShift-JIS、JIS、日本語EUC、UNICODEと、4つある。同じ「山田」と記述しても、どの文字コードで記述したかでコンピュータの処理は違ってくる。WindowsやMac OSではShift-JISが採用されていたが、目下、UNICODEへの転換が進められている。
WEBサーバーによく使われているUNIX系OSでは、通常日本語EUCが使われる。インターネットのメールには、JISコード準拠の7ビット文字コードが使われている。さらには、中国語の文字コード(簡体字、繁体字)でも漢字は出るから、同じ「山田.COM」でも、Shift-JISの山田.COM、日本語EUCの山田.COM、UNICODEの山田.COM、中国簡体字の山田.COM……などなど、たくさんの山田.COMが生じることになりかねない。
ドメインは世界で唯一無二のものであるという大前提があるので、これでは大混乱になる。やはり、日本語ドメインというものには、最初から無理があると言わざるをえない

ドメインというのは、実に不思議なものだ。ハンコや表札のように、質量がある「物質」ではない。また、ただの文字列だから、重複しない限りはいくらでも作る(登録する)ことができる。無限ではないけれど、無尽蔵に近い「埋蔵量」がある。
コンピュータなどまったく普及していない小さな島国や地域にも、国別ドメイン名は割り当てられている。クリスマス島(.CX)、アセンション島(.AC)、サントメプリンシペ島(.ST)ココス島(.CC)、トンガ王国(.TO)、ツバル共和国(.TV)、サモア独立国(.WS)、ニウエ島(.NU)……。
こうした国や地域では、ドメインを「輸出品」としてとらえ、世界中の人たちに売っている(実際には、欧米のベンチャー企業が中に入って、ドメインを販売するビジネスを行っている)。石油のように、運よく地下資源として恵まれている必要はない。人口が4000人に満たない小さなクリスマス島にも、人口1億を超える日本にも、同じだけのドメイン資源が割り当てられているのだ。

一方、ドメインは世界中に同じものが2つあってはならないわけで、誰かが登録すると、もう他の人はそのドメインは持てない。隣の山田さんがベンツを買ったからうちも……というわけにはいかないのだ。隣の山田さんがyamada.jpを取得したら、別の山田さんはもう取れないから、クリスマス島(yamada.cx)やアセンション島(yamada.ac)に探しにいかなければならない。どこにも残っていなければ、諦めるしかない。だから、ついつい、これも取っておこう、あれも取っておこう……という気持ちになり、気がつくと僕のように「ドメイン廃人」になってしまう人も出てくる。

ちなみに、僕がこのビジネスに手を染め始めたとき、某島国ドメイン(今では結構メジャーになっている)で、nihon というドメインがまだ空いていた。よほど取ってしまおうかと思ったのだが、やめた。キリがないからだ。踏みとどまってよかったと思っている。あのとき nihon というドメインを取っていたら、その後、僕のドメイン廃人係数は上がりっぱなしで、今頃、数十どころか、数百のドメインの維持費で、首が回らなくなっていたことだろう。

ドメインについては、まだまだ話し足りないことがたくさんあるが、それはまた今度の機会に。



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