たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2002年11月29日執筆  2002年12月2日掲載

「簡単なパソコン」とは?


最近、テレビでマッキントッシュ(以下Mac)のCMをよく目にする。
ユニクロのCMと同じ手法で、登場人物が一人語りするというもの。
年老いた両親でもすぐに使えて、自分で撮った写真を電子メールで送ってくるとか、会社のコンピュータ(これは要するにWindowsマシンのことらしい)との互換性もなんの心配もなくスムーズに行えるなどなど、Macにすれば楽ですよというメッセージを送る。

Macに限らず、「簡単なパソコン」という売り文句は、あちこちで聞かれる。しかし、そもそも「簡単なパソコン」というものは存在するのだろうか?
ハードとソフト(留守録画設定のインターフェースなど)が一体化しているビデオデッキなどとは違い、パソコンのハード自体は簡単も難しいもない。どのメーカーのパソコンを使おうが、WindowsというOSならWindowsの、MacというOSならMacの操作法や仕様に従うしかない。××社のWindowsマシンは○○社のWindowsマシンより「簡単なパソコン」である、という言い方は、ほとんど不可能だろう。
つまり、「簡単なパソコン」というのは「簡単なOS」ということを意味している。

現在、一般人が使っているパソコン(パーソナル・コンピュータ。文字通り個人のコンピュータ)のOSは、Windows系、Mac系、UNIX系の3種類に大別される。
「簡単なパソコン」論議というのは、この3種類のOSの中で、どのOSがいちばん簡単なのか(使いやすいのか)という論議になりそうだ。
そこでよく出てくるのが「Macは簡単だ」という説であり、最初に紹介したテレビCMも、その「Macは簡単」論をアピールするためのCMだ。

さて、このコラムの読者には海外在住の日本人(知的レベルは相当高い)が多く、恐らくは日本国内のMacユーザー分布率よりずっと高い割合でMacを愛用しているだろう。
MacユーザーはMacを愛している。「たくきはMacのことをろくに知りもしないでいい加減なことを書いている」というお叱りのメールがたくさん来そうなので、まずは断っておきたい。
僕はMacというOSの美点をよく理解しているつもりだし、Macの悪口を言うつもりなどさらさらない。WindowsがMacの真似をして出てきたことも知っているし、Windowsが世界制覇をするきっかけとなったWindows3.1というOSが、16ビットのDOSというOSの上にそれらしいGUIを被せただけのインチキ臭いしろものだったことも承知している。
ましてや、デザインのセンスに関しては、今でもWindowsはMacの足元にも及ばない。(……ん? ここまで書くと、今度はWindowsユーザーからクレームが来るかな。困った……)
僕が以下書こうとしていることは、MacとWindowsの優劣ではなく、パソコンとはそもそもどういうものなのか、あるいは、パソコンユーザーが知っておかなければいけないことは何かということだ。どうか、くれぐれも誤解のないようにお願いしますね。

現在、メジャーなソフトの多くは、Windows版とMac版の両方が出ている。だから冒頭のMacのCMでも「会社のパソコン(=Windows)とのやりとりも何の問題もない」と強調しているわけだ。
しかし、実際には「何の問題もない」わけではない。現実に、ファイルが開けないと騒ぐトラブルは一向になくならない。

WindowsユーザーとMacユーザーがファイルをやりとりするとき、いちばん困るのは、ファイル名(拡張子の有無)の問題とMacバイナリの問題だ。この2つは別々の問題ではなく、密接に関係している。

■拡張子

Windowsでは、ファイルの種類をファイル名の拡張子というもので表す。
例えば、テキストファイルのファイル名には、一般に.txt という拡張子をつける。「秘密文書」というファイル名にしたいときは「秘密文書.txt」とする。
この最後の「.txt」によって、このファイルはテキストファイルなのだな、と分かる。
Photoshopのファイルなら.psd だし、Acrobatのファイルなら.pdf だし、JPEG画像なら.jpg だ。

ところが、Macユーザーの多くは、ファイル名に拡張子をつける習慣がない。「秘密文書」というテキストファイルを作っても、そのまま「秘密文書」という名前で保存してしまい、そのファイル名のまま、Windowsユーザーに渡してしまう。
これでは、Windowsユーザー側では、そのファイルがどういうファイルなのか分からない。
「文書」というくらいだからテキストファイルかな? と見当をつけ、テキストエディタで開いてみたら読めた……ならばめでたしだが、これがもし「秘密文書の画像」の意味で、mac-paint形式のファイルだったりしたら、まず開けないだろう。

■Macバイナリ

Macユーザーはなぜ拡張子なしのファイル名でも問題なくファイルを開けるのか? それは、ファイルの先頭に、Macバイナリと呼ばれる情報コードが埋め込まれているからだ。
MacバイナリはMacOSの基本的な仕様のひとつで、Macのソフトで作成されたファイルは、保存すると同時に必ずMacバイナリが埋め込まれる。
Macバイナリは、そのファイルがどんな種類のファイルであり、どんなソフトで作成されたかという情報で構成されている。
だから、MacバイナリのついたファイルをMacOSで扱う限り、MacOSはそのファイルの素性を読みとり、作成されたソフトがあればそれで開くし、なければ、そのファイルの種類を扱えるソフトで開く。

Macユーザー同士であれば、このMacバイナリという仕組みはそれなりに有効だが、違うOSでは障害となる。
「秘密文書」というファイルがただのテキストファイルであったとしても、その先頭にMacバイナリというバイナリコードが入ってしまっているために、WindowsやUNIX系のソフトは、そのファイルをただのテキストファイルとは見なさない。
テキストエディタなどで開こうとすると、「このファイルはバイナリファイルのようです。それでも開きますか?」などという警告メッセージが出たりする。
無視して開けば、先頭に意味不明な文字化けのような行が何行かくっついているだけで、その後は普通のテキストとして読めるのだが、初心者は知らないから「それでも開きますか?」なんて言われたら、ビビってやめてしまうだろう。
Windowsのソフトでも、Macバイナリを検知して自動的に中身を判断してくれるものはあるが、極めて少ない(僕は1つしか知らない)。
本当は、Windowsそのものが、Macバイナリを検知して適切に処理できるような仕組みを用意すればいいと思うのだが、これは永遠にかなえられそうにない。

そこで、Macユーザー、Windowsユーザー双方が次のような思いやりを持って対応しなければならない。
MacユーザーがWindowsやUNIX系OSのユーザーにファイルを渡す場合は、ファイル名に拡張子をつけ、Macバイナリを外してから渡す。この処理を適切にやってくれるMac側のソフトとしては、BinaryCutterなどがある。
Windowsユーザーが、Macバイナリ付きのファイルと思われるものを受け取ってしまい、うまく開けないときは、Macバイナリを除去するソフトを使ってみる。Windows側のソフトとしては、Macintosh Binary Cutterなどが有名。

ファイル名に拡張子がなく、どうにも中身が判断できない場合は、バイナリエディタ(ファイルのデータを16進数表示して編集するためのソフト)で開いてみて、ファイルの冒頭に記述されている情報の中に、ファイルの種類を読みとってみる。JPEG とか PDF などというファイルの種類を読みとれるはずなので、改めてその種類のファイルを開けるソフトで開けばよい。


……と、ここまでの説明を読んできて、どう思われただろうか。
「なんだ、つまらん。常識じゃないか」と思われたかたには、大変失礼しました。そうなんです、面白い話でもなんでもないんです。
逆に「なんだか面倒くさそうな話だな。どうでもいいや」と思われたかたもいらっしゃるに違いない。しかし、この手の話に、「面倒くさい」「自分には難しすぎるから読みたくない」と拒絶反応を示してしまう人は、パソコンを他人とのコミュニケーションの道具として使うときに困るだろう。
もっとはっきり言ってしまえば、その人が「困る」というよりも、他人に迷惑をかけてしまう可能性が大きいという意味で、困った人たちなのだ。

息子にMacをプレゼントされた父親が、電子メールを使えるようになり、デジカメで撮影した写真をメールに貼付して息子に送ることもできるようになる。素晴らしいことだ。
しかし、父親はMacバイナリなんて知らないし、高性能デジカメで撮影した画像をなんの加工もせずにメールに貼付した場合、不必要に巨大なファイルサイズになることも知らない。
息子はMacユーザーで、ブロードバンド対応だから、大きすぎるファイルサイズの写真も笑って受信してくれるだろう。でも、同じ感覚で友人にファイルを送ってしまうと、相手はWindowsユーザーで、回線環境もアナログのダイヤルアップ回線かもしれない。
メールの受信に30分もかかった上、拡張子のない添付ファイルを開いてみることさえできない。それがもとで長年の友情にひびが入る……なんてこともありえるのだ。

MacとWindowsとどっちが「簡単なパソコン」か? という論議は、実は、あまり意味がない。コンピュータとして使うのならば、どちらも難しいことに変わりはない。「簡単なパソコン」など存在しないのだ。
「Macのほうが簡単だ」と言う人は、その「簡単」というレベルでしか作業をしない人なのだろうと思う。デジカメで撮影した家族の写真を使って年賀状を印刷する。住所録もパソコンソフトで管理する。それだけなら、デジタルデータが外に出ていくことはないから、Macバイナリや拡張子のことなど知らなくてもいい。そこで終わるなら、もしかするとMacのほうが少しだけ簡単かもしれない。

しかし、ほとんどの場合はそこで終わらない。
インターネットを使うには、ファイルのやりとりの基本や電子メールのマナーを知っておかなければならない。そうなれば当然、Macバイナリや拡張子などは基本知識であり、知らないで済ませるわけにはいかない。

重ねて強調しておくが、僕は、ファイル交換のトラブルについてはMacOSやMacユーザーに責任があるなどと言っているわけではない。
むしろ、拡張子問題については、Windowsにも大いに責任がある。
Windowsのシェル(起動・終了やファイル操作など、OSとしての基本的作業を受け持っている核となるソフト)であるエクスプローラは、デフォルトでは「登録されているファイルの拡張子は表示しない」設定になっている。「登録されているファイル」というのは、特定のソフトと「関連づけ」されていて、ファイルアイコンをクリックしただけで関連づけされているソフトから開けるファイルという意味らしい。そうしたファイルのファイル名は、拡張子を外して表示するというわけだ。
これは、拡張子を持たないMacOSシステムへの劣等感の表れだろうか? 実に馬鹿げたことで、こうしたWindowsの中途半端な姿勢は、コンピュータを基本から学ぼうとするユーザーの理解を妨げる行為としか言いようがない。

コンピュータとは、デジタルファイルを作ったり、編集したり、交換したり、計算したりする機械である。作ったファイルを自分だけで使うのであれば、別にうるさいことを言う必要はないのだが、他人と交換することによって世界は一気に広がるし、そうした使い方こそ、コンピュータ本来の姿だろう。
もとより、コミュニケーションというのは難しいものだ。その道具として使うのだから、「簡単なパソコン」なんてありえない。
その点では、MacもWindowsもUNIX系も、みんな同じなのだ。

もちろん、最初は誰もが失敗するし、他人に迷惑をかける。喧嘩になることもある。それは仕方がない。でも、いつまでも「初心者なもので」と言い訳し続けるのはどうか。
初心者なのでウイルス流しちゃいました。すみません、またやっちゃいました。ごめんなさい、どうもまだ感染しているらしいんです。すみませんね、初心者なのでどうしたらいいのか分からないんです……では、みんな困ってしまうのだ。

実は、その道10年のDTPデザイナーや出版編集者の中にも、拡張子って何? Macバイナリって何? フォーマット形式って何? という人がたまにいる。それはやっぱりまずいでしょ。あなたは平気でも、どこかで誰かが泣いているはず……印刷所の人とか小さな編プロの人とかWEBデザイナーとかが……。
……ああ、ここまで書くから反発を食らうんだよなあ……。
赤鬼

■装画 akaoni (c)tanuki

小説『鬼族(kizoku)』のカバーのために、tanukiさんが描いてくれた20数枚の原画の中の1つ。


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