たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2003年3月7日執筆  2003年3月11日掲載

また寝らんなくなっちゃう

「しかし、考えてみると不思議ですね。地下鉄って」
「なにが不思議なの?」
「地下鉄の電車って、どこから入れたんでしょうね。考えると、また寝らんなくなっちゃう」

……ああ懐かしい春日三球・照代のネタ。「地下鉄漫才」という言葉もできたくらい一世を風靡したものだ。
世の中には一般人が知らないことがたくさんある。しかし、多くの人は、知らないということを意識していないので、眠れなくなっちゃうことはない。
地下鉄を例に取れば、トンネルを掘った土はどこへ捨てるんだろう、なんていう素朴な疑問を持つ人は、意外と少ない。

「そりゃあ、掘った土は後ろに運ぶんでしょ」
「でもね、掘った土を後ろに掻き出しているうちに、その土で出口をふさがれちゃうんじゃないの?」
「いくらなんでも、そんな馬鹿なことはしないでしょ」
「そうなの? そうなのかなあ。そういえば、『大脱走』って映画ありましたよね。牢獄の地下に穴を掘った囚人たちは、掘り出した土をどこにどうやって隠したんでしょうね。すごい量のはずですよ。まさか食べちゃったわけじゃないでしょう? 考えると、また寝らんなくなっちゃう」

今は「シールド工法」という技術で掘り進むらしい。
ものすごく硬い刃がついたドリルの親玉みたいなのを先頭にして掘り進み、掘ると同時にトンネルの内壁も組み上げてしまう。
不眠症に悩む三球師匠に代わって、地下鉄工事の第一人者・(有)穴倉建設技術部主任・堀田進さんにうかがってみた。

「シールド工法で使うドリルの親玉みたいなやつ、ありますよね。あれは相当硬いんですか?」
「シールド掘進機ね。もちろん硬いですよ。岩盤より柔らかかったら使いもんにならんでしょ」
「あれは何でできてるんですか?」
「材質ですか? さぁ、なんでしょうね。うちは、シールドマシンを作っている工場じゃないからなぁ」

……というわけで、今度はシールド工法に使う掘進機を作っている男山掘削機械工業合資会社社長の男山熊七さんを訪ねてみた。

「カッターの材質? 母材はSKC24だね」
「はぁ……。合金ですよね、それは」
「そう。ニッケル、クロム、モリブデン、マンガンなんかをね、ええ案配に混ぜてるわけ。削岩機のロッドとか、インサートビットなんかにもこれを使うわな」
「じゃあ、ガリガリやっているいちばん先っぽはそのSKC24という合金なんですね」
「いや、ほんとの先っぽはもっと硬いよ。SKC24は母材用ね。母材に、超硬チップっつうビットをくっつけるわけ。これは炭化タングステン粉末とコバルト粉末をええ案配に混ぜて、圧縮成形して、最後は焼結するんだな」
「どうやってくっつけるんですか? まさか半田づけってわけにはいかないですもんね」
「半田ぁ? わっはっは。ちゃうちゃう。銀ろう付けだ。銀を使うから、金かかるよ」
「しかし、よく分からないのは、そのものすごーく硬い合金を加工するためには、もっと硬い金属で削るとかするんじゃないんですか?」
「どうなんだろねえ。うちはシールドマシン本体を作っている会社で、先っぽに使っているカッタービットは、別の会社で作っているからねえ」

……というわけで、次に、シールドマシンの先端で岩をガリガリ削っているカッタービット(刃)を作っている、新日本ハイパーハードデバイス合名会社片伊奈工場技術主任の岩尾好夫さんを訪ねてみた。

「カッタービットは硬いですよ。当たり前ですね。はい。炭化タングステンの粉末とコバルト粉末を配合して、圧縮高温で焼結した合金です」
「しかし、その硬い合金を加工するためには、もっと硬い素材が必要なんじゃないですか?」
「う~~~ん。それは……」
「では、もう少し違う言い方にします。おたくの工場ではカッタービットを作っているわけですが、そのカッタービットを作る機械というか、道具が必要ですよね。その機械を作っている工場があるはずですよね?」
「う~~ん。それは……」
「その機械を作る機械を、さらに作っている工場があるはずですよね。その機械を作る機械を作る機械を作る工場が……」

そこまで訊いたところで、岩尾主任は突然にやっと笑った。
何とも言いようのない、不気味な笑みだった。
僕は底知れぬ恐怖を感じ、それ以上言葉が出なくなった。
岩尾主任の顔は、さっきまでの人のよさそうな職人さんの顔ではなかった。
故・室田日出男演じるヤクザの親分が、堅気の衆の肩にそっと手を置き「分かっているな?」と目で語るような、そんな顔とでも言えば分かってもらえるだろうか。
僕は背中に冷たいものがつつつーっと流れるのを感じながら、固まっていた。
そんな僕に、岩尾主任は静かな口調でこう言った。
「たくきさん、面白いところに気づきましたねぇ。でも、世の中には、知らないほうが幸せなことって、結構あるもんですよ」
岩尾主任の目の奥が、一瞬金色に光ったのを、僕は見逃さなかった。


……あ、いや、別にそこから先は宇宙人が作っているとか、そういうことではないのだが……。
最近、ニュースを見ていると、確かに「知らないほうが幸せ」なことがたくさんありそうだと感じる。
なぜアメリカはそれほどまでにイラクを攻撃したいのか?
なぜ世界中で日本だけが、未だに高速増殖炉計画を捨てないのか?
なぜこんな人たちが、選挙で票を集め、代議士になれるのか?
なぜ都内の川に遡上してきたボラちゃんを食べるカワウを、大の大人が絶叫しながら中継しなければいけないのか?

……知ろうとすればするほど、その先には底なしの虚無感が待っている予感がする。
また寝らんなくなっちゃうと健康によろしくないので、週刊誌の「漢字パズル」を解きながら眠りにつく今日この頃である。


(注)今回の文中には『続・地下鉄漫才』という「小説」が含まれております。小説ですので、登場人物や団体等は、実在のものとは一切関係がございません。
ちなみに、東京湾アクアラインやユーロトンネルの掘削に使われたカッタービットは日本製だそうです。すごいなあ、日本の工場は。宇宙人が経営していたりして……。
At the edge of the winter forest...
挿画 At the edge of the winter forest...
(c)tanuki




  目次へ目次へ     次のコラムへ次のコラムへ

新・狛犬学
★タヌパック音楽館は、こちら
タヌパックブックス
★狛犬ネットは、こちら
     目次へ戻る(takuki.com のHOMEへ)