たくき よしみつ デジタルストレス王(キング) 鐸木能光

2010年8月19日執筆

iPaDを買っていい人悪い人

iPaDの正体

iPaDが届いて1週間が経過した。
目下、iPaDは枕元に置いてあり、寝る前のテレビ(YouTube専用)およびオーディオ装置および読書(自分の本専用)マシンと化している。
要するに、iPaDというのは、何かを作りだすための道具ではない。既存のコンテンツを再生するための専用ギアだと思えばいい。
長所と短所がはっきりしていて、とっても悪魔的なツールだ。
長所は、圧倒的に美しい画面と、配線類がまったくない自由さ。マウスもキーボードもない。なんにもない。徹底的にない。つけるんじゃない! と主張しているようだ。
それはそれでアップルらしい美学だから、別にいい。
ただ、AV出力が、写真ではスライドショーのみしかできないとか、そういうのは困る。授業やイベント、講演などで、大画面テレビやプロジェクターに映写するために使えると思っていたのに、大誤算だ。
WEBで検索していたら、やはり同じように落胆しているユーザーがたくさんいた。 液晶画面出力をそのままAV出力から出すのはなんの問題もないだろうに、なぜこんなことになっているのか、理解に苦しむ。おそらく、専用のプレゼンテーションソフトをスマートに演出したいといった意図なのだろう。そういうところが、アップルには美学でも、僕を含め、多くのユーザーにとっては「余計なことを!」となる。

短所は山のようにあるが、その多くは、このAV出力仕様に代表されるように、アップルの囲い込み戦略、あるいは過剰な「美学(経営哲学?)」に起因している。
まず、iPaDで直接WEBから何かをダウンロードしようと思っても、アップルストア経由でないと難しい。
となると、外部からファイルを入れて使うことを当然考えるが、これが意外と面倒くさい。
基本は、パソコンとUSBケーブルでつなぎ、パソコン側で最新版iTunesを立ち上げて、iTunesを経由させてiPaD側にファイルを送り込むという手順になる。iTunesを使わなければいけないというところが、うざい。

Dropboxという無料のアプリを使うこともできる。


エクスプローラ上に現れたDropBOXフォルダこれはWEB上に設置したストレージ(ファイルの保管場所)で、無料で2GB分作ってもらえる。ただし、1コンピュータにつき1アカウント(1ボックス)限定。有料で容量を買い増しすることは可能。

Dropboxをインストールすると、Windowsマシンなら、エクスプローラ上に「My Dropbox」というフォルダができる。
ファイルをここにドラッグ&ドロップするだけで、ファイルはWEB上にアップロードされる。
別のコンピュータで同じアカウントのDropboxを設置すると、何もしなくても2つのコンピュータで常に同じフォルダ(内の同じファイル)を共有(同期)できる。

便利だが、Dropboxのサービスは混雑していて、ファイルが大きいと、アップロードが完了するまでに結構時間がかかったりする。Dropboxアプリがパソコン内に常駐することで、パソコンが重くなるのも嫌だ。
それと、どうしてもWEB上に置くというのは、セキュリティ上の不安がぬぐえない。極秘ファイルの共有には使いたくない。
ちなみにDropboxにはファイルの公開機能もあるし、デフォルトにも公開フォルダがあるので、間違って機密文書をWEB上に流してしまったり、とんでもないファイルが流出したりする事故・事件は相次ぐことだろう。

他にも方法はあるのだろうが、代表的なのはこの2つの方法だ。
どちらも手順を覚えれば簡単なのだが、どうしても慣れないのは、iPaDにはフォルダを自分で作ってファイルを管理するという概念がないことだ。ファイルの種類によって勝手にiPaDの「どこか」に格納されてしまい、それを呼び出すアプリを選ぶこともままならない。
例えば、パソコン側からMP3ファイルをiPaDに送り込む場合、Dropboxを使うと、iPaD側ではDropboxを開かないとそのファイルにアクセスできない。この方法だと、iPaD側のiPodアプリは使えないので、単純に1ファイルを選択して再生することしかできない。iPaDにプリインストールされている音楽再生ソフトである「iPod」ソフトから再生することはできない(……と思う。どなたか、やり方があるなら教えてください)。
一方、iTunesを通してファイルをiPaD側に送り込むと、そのファイルはiPaD側ではiPodソフトで聴くようになる。

「iPaDと電子書籍」の真実

電子書籍の場合はもっと極端だ。
ePubファイルをDropbox経由でiPaDに送り込むと、iBOOKに認識されない。
Dropboxを開いて、送り込んだePubファイルをクリックすると、iBOOKがインストールされているにもかかわらず、対応していないアプリ(例えばGoodReader)が立ちあがり「開けません」と言う。なんとアホらしいことか。
ePubファイルをDropboxで転送するとこうなるが……
ePub形式電子ブックをDropboxでiPaDに取り込むとこうなるが↑、「GoodReadeで開く」をクリックしても開けない。開けるソフト「iBOOK」があるのに、Dropbox経由だとiBOOKに取り入れることができない


ファイルの管理と運用という基本中の基本操作において、ユーザー自身の意志が反映されない。OSやアプリに使われている感じで、すごく気持ちが悪い。
もっとも、これこそがアップルの美学であり、美点なのだと言う人もたくさんいることは重々承知しているし、論争する気はまったくない。

電子ブックといえば、今日、K談社のTさんからメールが来て、⇒この記事を読んで愕然としたとのこと。
iPaDを買えば電子書籍をがんがん読めると思ったら、日本のiBOOKストアではまだ日本語書籍を売っていないではないか! なんじゃそれは。騙された! と思う人が続出している……というような内容。
そもそも、iPaDにはiBOOKソフトがプリインストールされておらず、アップルストアからダウンロードする必要があるのだが、家にWi-Fi環境がない場合、iPaDを買ってもネットに接続できないわけで、iBOOKアプリをインストールすることさえできない。
Tさんはまさにその状況で、いち早くiPaDを手に入れたものの、茫然自失のまましまい込んでしまったらしい。

iPaD用のiBOOKは、日本語のePubファイルでもなかなかきれいに表示されるのでよかった、という話はここでも書いた。しかし、その後、よくよく検証してみると、まだまだ細かいところで対応が甘い。
まず、ルビ振りが表示できない。縦書き表示も無理。禁則処理は追い出しのみらしいが、追い出した行の行末が揃わないのがみっともない。
まあ、そのへんはおいおいバージョンアップの度に改善されていくのだろうが、なにしろ「本が買えない」というのはお話にならない。

Tさんが読んで衝撃を受けたというコラムの筆者・林伸夫氏も、
「仕方がないから自分で執筆した原稿をEPUB形式に加工して、iPadに登録、『ほらほらこんなことができるんだよ、日本ではまだなんだけど….』と見せることにしている。情けない」
……と書いている。
まったく僕と同じことをしているわけだ。
そらそうだよね。現時点ではそうするしかないんだもの。
こうなると、アップルストアで日本語の電子書籍を最初に販売できたところが、一時的に独走状態になるかもしれない。かつてのオリンピック女子マラソンの増田明美や小鴨由水みたいに(すぐに後方の本命強豪集団に呑み込まれ、抜き去られる……という意味)。

……とまあ、こうしたアップルの営業戦略絡み、あるいは日本の企業の対応の遅れ(というより、途方に暮れている?)が生み出した不条理的な問題がiPaD最大の欠点といえる。

となると、中国製のパチものiPaD(iPEDなどという名称で売られているiPaDそっくりのアンドロイドマシン)のほうが、アップルストアの縛りがない分、使えるんじゃないかしら、などとも思う。
ハード的にはiPaDのほうが圧倒的に質感が高いし、性能もいいだろう。特にバッテリーの持ちは段違いだという。
しかし、iPaDと「iPaDに似せたアンドロイドマシン」では、形はそっくりでも、使い方、というよりは、概念が基本的に違う。アンドロイドマシンが「キーボードやマウスを画面上で疑似再現した小さなパソコン」であるのに対して、iPaDは「パソコンではない」のだ。
では何か? 最初に書いたように、iPaDは「再生専用ギア」。もう少し別の言い方をすれば、「大きなiPhone」なのだ。
そこを理解しないままiPaDを買うとえらいことになる。
例えば、つながらないケータイ電話機で内蔵ゲームだけしているのがアホらしいのと同じように、Wi-Fi接続できないiPaDはほぼ使いものにならない。
ただし、iPaDは「大きなケータイ」でもない。
iPaDをモバイルギアとして使いこなせる人は少ないはずだ。たとえ使いこなすテクニックがあっても、使える環境がない(極めて限定的)からだ。
3GのiPaDはソフトバンクとタイアップしてしまったため、アクセスできる場所が限られている。田舎ではソフトバンクケータイはろくにつながらず、使いものにならない。
3GではないWi-FiタイプのiPaDは、公共のWi-Fiスポット(ハンバーガーショップだとか駅の待合室だとか……)でネットアクセスできるが、わざわざそいういう場所を探してWEBにアクセスするなんていうことがどれだけあるだろうか。やるとしてもせいぜいメールチェック程度だろう。凝った作業ができるとは思えない。
会社の社内でWi-Fiがあるという環境も稀ではなかろうか。あったとしても、私物のiPaDであれば、そこにアクセスさせるために、会社のWi-Fi管理者に「今からルーターの後ろのボタンをポチッと5秒ほど押してくれない?」なんて頼まなければならないわけで、そんなことが頼める人も少ないはず。
結局、iPaDは、基本的には家庭内無線LAN環境でのみ使う再生機。出張や旅行などに持参するとしても、移動中はもっぱら本体内に取り込み済みのコンテンツを再生する「移動型スタンドアローンマシン」ということになるはずだ。
それがダメだということではない。これでいい。これで十分。
最初からそう理解できていれば、3GタイプのiPaDを買う人は少なくなるに違いない。

で、そう割り切った上で、やはりiPaDに必要なのは、iTunesを介さなくても、単純にパソコンとつなげて、パソコンが外部ドライブとして認識できるようなUSBインターフェイスと、マイクロSDカードスロットだ。
アップルはわざとこれらの機能をつけなかったのだと思う。コンテンツはアップルストアからどんどん買わせて、溜め込ませず、どんどん消費させるために。
それと、画面をそのまま出力できるAV出力。これは絶対になんとかしてほしい。
iPaDに似せたアンドロイドマシンは、USBやLAN接続で親機パソコンの外部ドライブ扱いもできるし、マイクロSDカードでのメモリ拡張にも対応できる。AV端子による画面出力にも対応できるし、便利で価値の高いフリーのアンドロイドアプリもどんどん増えていく(はず)。アップルストアやiTunesに縛られることなく、外部パソコンやWEBから取り入れたファイルをどんどん活用できる(はず)。
時間が経てば、iPaD型の(キーボード、マウスレス液晶パッド型)パソコンのほうが売れるようになるかもしれない。
でも、どうかなあ。
iPodより安くて使い勝手もよいメモリプレイヤーがたくさん出ているにも関わらずiPodが一人勝ちしたように、iPaDも、そのブランド力と魔力で、当分一人勝ちを続けるのだろうなあ。
それが分かっているから、僕も買わざるをえなかったのだよね。自分の本がiPaD(のiBOOK)でどういう風に読まれるのかを確認するために。
デジタル世界はごく少数のパワーエリート企業が支配する世界。コンテンツ制作者は、その世界で生きていくしかなく、デジタル世界に君臨する少数の神には逆らえない。
デジタルビジネスストレス……ですね。

           

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