目次
●はじめに
第1章 あの日何が起きたのか
●絶対に停電してはいけない場所
●中越地震に続いて2回目の大災害
●「想定外」という嘘
●見捨てられた人たち・見捨てた人たち
●徹底して隠された汚染の事実
●最も危険な場所に避難誘導された
●川内村全村避難劇の裏側
●イギリスから線量計を取り寄せる
●線量計で汚染状況をいち早く検証
●川内村へ「自主一時帰宅」
第2章 日本は放射能汚染国家になった
●放射能汚染の基礎知識
●外部被曝と内部被曝
●テレビが放射能被害を拡大させた
●放射能とどこまで「共存」できるのか
●怖いのは内部被曝
●現実を直視する勇気と努力
第3章 壊されたコミュニティ
●わざわざ線量の高い学校に通わされた子供たち
●30km圏の我が家に帰る
●テレビで伝えられる映像とのギャップ
●義援金はどこに渡ったのか
●家に戻ると補償金がもらえない
●同じ福島県民同士がいがみ合う
●汚染していないコメを捨てさせる
第4章 原子力の正体
●原子力発電は巨大な「湯沸かし器」
●トイレのないマンション
●核燃料サイクルという幻想
●プルサーマルと「知事抹殺」
●買収、分断、切り崩しの歴史
●原発がもたらしたもの
第5章 放射能より怖いもの
●「除染」によって危険が広がることもある
●森の除染は「儲かる」
●除染作業は内部被曝が心配
●「国策」に潜む大きな危険
●嘘が見抜けなくなる構造
●専門家ほど常識がない?
●命にとって本当の「危険」とは
第6章 エネルギー問題の嘘と真実
●原発の是非を巡る討論番組がきっかけだった
●エネルギーを得ることよりゴミを捨てられることが重要
●地球はなぜゴミだらけにならないのか
●CO2温暖化論という嘘
●中越地震が教えてくれたこと
●「再生可能エネルギー」というものはない
●石油が涸渇すれば「自然エネルギー」も使えない
●風力や太陽光発電だけで電力をまかなうことはできない
●大型風車の低周波音で苦しむ人々
●公表できない「自然エネルギー」の発電実績
●タブーをなくさなければ事実は見えない
第7章 3.11後の日本を生きる
●爆弾が降ってきた時代よりは幸せ?
●自分の頭で考え、自分の命を守る
●与えられた仕事だけで一生を終わらせるのか
●永遠に成長し続けることはできない
●価値観の多様な世界に生きたい
●マイナス成長時代を楽しむ
●「田舎で起業」の勧め
あとがき
私が阿武隈山系の過疎村に移住したいちばんの理由は、日本本来の自然環境がまだ残っていたからです。その自然美の中で余生を生きていくつもりでした。
しかし、それだけではただのエゴですから、この自然環境をこれ以上壊すことなく、この地で人間が「適正規模」で幸福に暮らしていくための提言をしながら、周囲の人たちと友情や信頼を築いていきたいと思っていました。
自然を自然のまま維持するというのは、ビジネス的な見地からは無駄に見えるかもしれません。しかし、広い視野で見れば、日本列島に豊かな自然が残っていることで、都会の生活も維持できているのです。これは田舎の人たちがインフラなどを都会の人たちの経済活動に頼っていることと同じで、都会の人たちは、空気や水といった生命維持に必要な自然環境基盤を田舎に頼っています。「おたがいさま」なのですね。
田舎の人たちがみんな都会的な欲望に走って、都会と同じ暮らしをしようとしたら、日本の自然環境は壊れてしまい、都会も田舎も自滅してしまいます。
田舎に暮らす人たちは、都会の人たちに援助してもらって必要最低限のインフラを与えられることと引き替えに、この自然を守り抜く義務があると思うのです。
しかし、3・11の前から、それがいかに困難なことか、日々学ばされていました。そして駄目押しのように、福島第一原発の爆発で、一気にどん底に突き落とされたわけです。

すでに阿武隈の友人たちのほとんどは、新天地を求めて北海道、岡山、佐渡、長野、山形……と、散り散りになっていきました。
2012年を迎える直前、私たちもついに、阿武隈山中から栃木県の田園地帯(日光市のはずれに見つけた空き家)に生活拠点を移しました。川内村の警戒区域境界線に捨てられていた子猫2匹も一緒です(今はすっかり大きくなって「子猫」とは言い難いですが)。
未だにこの土地に馴染むのに苦労しています。
理不尽な形で阿武隈を追われたという悔しさもさることながら、やはり、阿武隈山系の自然が汚されたこと、これからさらに破壊されようとしていることを見ていなければならないのが耐えられません。
単純な自然災害であれば、たとえ全財産を失ったとしても、あの土地に踏みとどまり、再生をめざしたでしょう。しかし、目の前には想像を超えた複雑な問題が出現しました。
問題の根本は人の心にあったのです。
各地に散っていった友人たちも、みな同じことを言います。
「3・11前から、心の汚染、心の被曝はずっとあったんだよね。それが壊疽(えそ)のように身体の中に溜まっていて、3・11で傷口が開き、一気に外に出てきただけなんだよ。だから、傷口を塞いで膿(うみ)を拭き取ったとしても問題は解決しない。身体の中に溜まった膿を取り除かない限りは、何も変わらないんだよ」
「原発にぶら下がっていた町の周囲に素晴らしい自然が残っていて、我々はその自然の美しさだけを見て、ここに住みたいとやってきた。裏に隠された危険、根深い闇を見ていなかったんだな。世の中そんな甘いものじゃないって、ガツンと教えられたわけだ」
今、私は、散り散りになってしまった友人たちとネットワークが途切れないようにし、阿武隈の自然を愛して集まった気持ちや、そこで学んだことを、なんとかこの先の世界に伝えたいと思っています。
本書は、これから「3・11後の世界」を長く生きていく若い人たちに、今の私が知っていることを包み隠さず伝え、一緒に考えてほしいという、いささか無謀な願いを込めて書きました。
問題があまりにも深く、複雑なため、一度読んだくらいでは理解できないと思います。もやもやが残ったり、これはおかしいんじゃないかと反発を感じたりした部分もたくさんあるかもしれません。
そうした疑問を感じることが大切なのです。少しでも納得できない、分からないと感じたことは、テーマ別にとことん自分でも調べ、考え抜いてください。
答えはひとつではないでしょうし、私が想像もつかなかった答えをみなさんが見つけるかもしれません。
最後に二つ、繰り返しになるかもしれませんが、重要なことを書いて終わります。
ひとつは、
人生において、すっきりとこちらが正解だという決断ができる場面は少ないということです。
例えば、あなたが大きなメディア(新聞社やテレビ局)の社員だとします。
あなたは社会の不正を告発し、正義を伝えたいという理想を持ってその会社に就職しました。しかし、上司はあなたと考えが合わないだけでなく、事実を隠蔽しようとします。さらには、それが会社上層部からの指示であり、意志でもあることが分かってきます。
絶望したあなたには、「こんな会社は辞めてやる」と辞表を叩きつけることもできますし、その場はぐっと堪えてぎりぎりの妥協をしつつ、将来のチャンスを待つという選択もできます。
こんなとき、どちらを選ぶのが正解かは、簡単に言えません。
そこに所属して働けば働くほど世の中を悪い方向に向かわせると確信できれば、辞めて不正を告発する努力をすることが正しいかもしれません。でも、巨大メディアを辞めてひとりで伝えられる力は極めて弱いので、我慢してその職場に残り、同じ志を持った仲間と一緒にじわじわ闘っていくほうがずっと効果的かもしれません。
そういうとき、問題から安易に逃げずに、命がけで考え、行動してほしいのです。
そうした強い意志が集まれば、世の中は少しずつ変わっていくはずです。
もうひとつは、
「目的」と「手段」を混同するな、ということです。
ほとんどの人にとって、人生の最終目的は幸福になること、幸福に一生を終えることだと思います。
人間は一人では生きていけない社会的動物ですから、自分とつながっている他の人たちもまた、自分と同じように幸福であってほしいと思うのが普通でしょう。
これが人生の究極の「目的」だとすれば、他のことはそれを実現するための「手段」にすぎません。
お金を得ることや安全な暮らしを営むことも、実は「幸福になる」という目的のための手段なのです。手段が目的より優先されると、必ずどこかに歪みや矛盾が生じます。
これからの人生において、判断に迷ったときはこのことを思い出してください。
自分は手段のために目的を犠牲にしてはいないだろうか、と。
これから先、資源を巡って戦争になることもあるでしょうし、3・11以上の天災が襲ってくることもありえます。
どうにもならない運命や巨大な力に翻弄されながら、人は生きています。
私たちができることは、自分に嘘をつかず、直面した問題から安易に逃げず、精一杯考えて、その状況の中で最善だと思う生き方を貫くこと。それしかありません。
これが、福島での体験を経て、今の私がみなさんに伝えられる正直なメッセージです。
2012年3月11日 たくき よしみつ