たっくんの綱渡り人生日記 1-32


綱渡り


◇1996年10月某日
 12月上旬に、読売新聞社から『アンガジェ』という小説を出すことが決まった。
 これは某S社からの依頼(本人はそのつもりだった)で「初心に戻った恋愛文学を」というようなことで今年の春から書き始めたもの。今の時期、こういうものを書くのは正直言って辛かった。依頼がなければまったく書こうとは思わなかっただろう。
 冒頭はこんな感じである。

星を求める蛾の願い
朝を求める夜の願い
人の世の哀しみの地表から捧げる
遠く遥かなるものへの祈り

(P.B.Shelly, "To--")



 この世はすべてが二重構造になっている。表と裏、見えるものと見えないもの。正と負。
 人間は二重構造の一方の側に住んでいる。仮にこの世界を「表」とするなら、「表」の住民である人間には、裏の世界はなかなか見えてこない。

 片方だけしか見えないから、人は心の中に、どうしても満たされぬ何かを感じる。
十八世紀の詩人シェリーは、その穴を埋める光を求めて夜空を見上げた。しかし、夜空とて、「見える世界」の延長上に存在している現実にすぎない。闇を埋めるものは星の光ではない。

 闇から生ずる空虚感・飢餓感を埋める光は、闇の中にある。「裏」の世界、見えない世界、闇の世界にこそ、求める光がある。それに気づいたとき、人はようやく視線を天から地へと移す。そしてようやく、自分の心の奥の世界へと戻ってくる。

 ……光?
 もちろんそれは喩えだ。必ずしも明るく輝いているということではない。
 その光は、実は闇よりも濃い黒衣をまとい、井戸の中の水蒸気のようにひっそりと身を潜めているのかもしれない。
 目を閉じれば闇が訪れる。でも、それは仮想の闇だ。真の闇の世界が訪れるということではない。目を閉じただけで闇の世界に踏み込めるのなら、人は毎日のように闇の世界に散歩に出ることができるだろうが。

 結局、真の闇の世界へ通じる入口は、簡単には見つけられない。

 心の中には、いくつもの井戸がある。何かの拍子に人は自分の心の中に暗い井戸の入口を見つけ、自然と中を覗き込む。
 浅い井戸の底に見えている水面は、かすかに光を反射している。
 少し工夫すれば、水面をかき回すこともできるし、水を汲むこともできる。でも、手に入れた瞬間、それは求めていた光ではなくなってしまうに違いない。

 時折、底が見えない深い井戸に出くわすことがある。暗く静かな井戸は、覗いても、その闇の先に求める水があるのかどうかは分からない。


 気持ちを浄化させることから始めたつもりだったが、できあがった作品が透明感あふれるものになったとは言い難い。つくづく垢まみれになってしまったものだと、ため息が出る。
 この本を機に、小説における筆名は平仮名をやめて漢字「鐸木能光」にしようかとも思うのだが、出版社からは反対されており、まだ結論は出ていない。

 ん? なんか、いきなり暗いトーンの日記になってしまった。

◇1996年10月30日
 12月上旬に読売新聞社から出る新刊『アンガジェ』は、カバーデザインも決まり、昨日、帯の文句を編集者と協議したところ。


 編集者案:
祈り、再生、癒し……
      心の闇を照らす歌「アンガジェ」




 私:「もっと臭くしましょう。「心の闇を照らす歌」の前に、「真の愛を求める旅人の」と入れたらどうでしょう?」

 カバーは私の主張通り、クリスマスカラーでシンプルに行くことが決定。パッケージングは理想的だ。あとは中身だけ……ん?

 ところで、総ページ数の関係で、削った部分がある。今読むと、これは削って大正解という感じなのだが、ちなみにこんな文章である。


∠¶∈

 二日間、雨が降り続いていた。まだ八月の終わりだから、秋霖{しゅうりん}というやつには早すぎる。それに、雨が降っていても気温があまり下がらない。
 読売ランド駅のそばには、「ヘルスよしの」という店がある。最初に見たときには風俗営業の店かと思ったが、ただの銭湯だった。
「よしの」という名前に、俺は特殊な思い入れがある。
 昔、『桂小金次アフタヌーンショウ』というお昼の番組で、週に一度、浪越徳次郎の指圧教室というのをやっていた。そのアシスタント役の女性が「吉野さん」という名前で、真っ白な肌が眩しかった。俺はまだ小学生だったが、もしかして、俺の初恋はあの「吉野さん」への幼く密かな性欲だったのではないかと思うことがある。
 いつも黙って、皺だらけの好色そうな老人に身体中を触られていたあの「吉野さん」とはどんな女性だったのだろう。どういうきっかけで指圧のモデルという職業に就いたのだろう。番組以外でも、彼女は浪越氏と何らかの関係があるのだろうか。
 レースクイーンだとか、AV女優出身などという女性タレントが画面を意味もなく埋めている昨今、吉野さんのような女性「モデル」をテレビで目にすることはなくなってしまった。
「ヘルスよしの」という看板を見る度に、俺は吉野さんのことを思い出す。どんな顔だったのか、今ではほとんど映像を脳裡に結べないのだが。
 今時風呂のないアパートに住んでいる俺は、三日に一度くらいその銭湯の世話になる。
 雨の日は銭湯に行く気がしない。せっかくさっぱりしても、部屋に戻るまでに、またじわっと身体中に世の中の汚れが吸着したような気分になる。
 もうすぐ銭湯の営業時間が終わる。どうしたものか。トタンの庇を叩く雨音を聴きながらスケール練習をしていたとき、電話が鳴った。


 ↑こういうロマンチックでないおっさん文章を「透明な恋愛小説」に入れてはいかんな。

 そうそう。筆名はこの作品から漢字表記の「鐸木能光」で行くことに決定。運勢が変わるだろうか?

 

KAMUNAの新作CDも鋭意制作中です。乞うご期待。


◇1996年11月10日
 『アンガジェ』はゲラ戻しが終わり、ようやく手離れ。あとは本が出来上がってくるのを待つのみ。
 今度の小説はどういう風にPRしていいのか分からない。「現代の伝奇小説」路線を外れ、再び純文(?)路線に戻ったような感じもあるし。
 さっきNifty-Serveを開いたら、JALInetから双方向リンクの申し入れのメールが届いていた。お仲間に入れていただけるなら、こんな嬉しいことはない。
 筒井さんのページなどは1日1万を超えるアクセスがあるというようなことを聞いた気がするが、本当なんだろうか。僕のところは未だに累積でも数百がいいところ。この日記のカウンターなんか、二桁になるのも大変だ。(実はこのホームページのいちばん奥の部分には、3つ目のカウンターが埋め込まれていて、そこなんかは常時一桁しか表示していない)。

 KAMUNAの2枚目のCDも録音が始まったところ。今回、吉原センセは1枚目のとき(このときは風邪やら急性腸炎やらでほとんどダウンしていた中でのレコーディング決行だった)よりずっと入れ込んでいる。
 名曲(だと思う)『カムナの調合』は、エレクトリックバージョンとアコースティックバージョンの二つを入れることにした。両方とも吉原センセのパートは録音が終わり、次は僕の演奏を入れる番。これがなかなか……。スタジオ機材が急に不調になったりすると、はんだごてと半日格闘するようなこともある。運指練習する時間もとれない。
 できれば年内に出したいけれど、越年する可能性も大。さて、今日は『ムササビブルース』の録音だ。エレガット2台によるジャズの4ビート。きびしーー。

◇1996年12月11日

 小説『アンガジェ』がようやく出た。が、発売早々、有隣堂にない、三省堂にない、丸善にない……などの報告が相次いで、意気消沈。自分でも確認済み。新宿紀伊國屋でも、新刊コーナーには並ばず、奥の作家別コーナーにひっそりと数冊平積みされていただけ。苦戦は予想していたが、これほどまでとは思わなかった。
 CDは12/27に納品というスケジュールで進行中。もう、原盤も印刷物も手離れしているのだが、マスタリングのエンジニアから「×曲目の○分△秒あたりにあるノイズはどうしましょう」とか、細かい問い合わせが来たりして、まだ完全にはリラックスできない。ジャケットの印刷を発注した印刷所からも「図版が3点なら、製版費用がもう8800円増しになります」というような電話が出先にまでかかってきて、世の中の人たちは日々こういう仕事に追われているのだろうなあと、改めて自分の極楽とんぼぶりを痛感させられる。
 小説は基本的には原稿を渡せば本になって書店に並ぶ。それがいかに恵まれたことであるか……ともすると忘れがちになるが、本当にありがたいことなのだなあ。

 KAMUNAの2枚目『アンガジェ』は、今のところ僕の生涯ベストの創作物ではなかろうかと思っている。細かいところで不満や後悔は残っているけれど、それはどんなものにでもあるもの。完璧な出来なんてありえない。欠点が分かった上で、なおかつ「いい」と言えるものができただけでもよしとせねば。

◇1996年12月27日
 CD『アンガジェ』がようやく完成、納品されてきた。
 細かい部分でいろいろ反省点はあるが、まあよくできたと思う。
 これで今年の創作活動は一区切り。あとは部屋の掃除(これがおおごとだ)をして、来年すっきりと小説を書いていける気分にしなければ。
 なんと、今年もまたタヌは無事に年越しできそうである。何度も物を食べられなくなるほどに衰弱し、今も固形物はなかなか消化せず、すぐに戻してしまう。老齢で胃腸が弱っているのだろう。足腰もふらふらしている。
 1週間以上、まったく物を食べずに死んだように横たわっていたときもあったが、復活。ほとんど物の怪の域に達している。
 昼間はベランダで気持ちよさそうに昼寝(死んだようによく眠る)、夜になると部屋に入ってごろごろ。野生だったらとっくに死んでいる。
 このしつこさを見習い、来年もしぶとく書き続けよう。

 なぜこんなにゴミが出るのであろうか? しかも捨てられない。ダンボールなどは、廃品回収車も持っていってくれないし、そもそも廃品回収業者が回ってくることなど滅多になくなってしまった。市のゴミ収集車も持っていってくれない。リサイクルだなんだのと叫ばれているわりには、リサイクル事情は昔より格段に悪くなっている。江戸時代などは便所の落とし紙でさえ回収して再生していたそうだ。
 本も捨てられずに困っている。古書店でも漫画以外は引き取らない。現代人の生活はまことにエントロピーとの戦いであるなあと実感する年の暮れ。
 みなさまどうぞよいお年を。


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