日記 2004/11/06

タヌパック越後の最後 3

(承前)
この家は一階に3部屋(8畳×2+7畳半)、2階に同じ構成で3部屋あるが、そのすべての部屋の壁を杉板張りにし終わったのは去年のことだった。10年以上かけて、暇を見つけては少しずつ板を張っていったのだ。
この杉板が、ある程度家の補強に役立っていたかもしれない。すべての柱に鎹を打ったのと同じようなものだから。
二階より一階の損傷のほうがひどい。
障子はすべてへし折れている。斜めになっているということは、その分、天井が低くなったということだ。
一階の廊下側の壁。完全に崩壊。
↑一階廊下の壁は完全に崩れ落ちていた



↑台所との境。冷蔵庫は倒れてはいなかったが移動していた



↑へし折れた廊下側の障子



↑↓6個以上あった壁掛け時計は、1つを除いて全部落ちずに動いていた


↑奥の8畳間は、床の間の上から空が見えていた


台所
↑台所は滅茶苦茶で足の踏み場もない。これはどの家もそうだろう


テレビやチューナーなど
↑テレビは前のめりに倒れていた。ブラウン管は割れてはいなかったが、枠が壊れており、おそらくまともには動かないだろうと判断してこのまま放置することにした。
ここは地上波が届かない山奥なので、BSとCSが頼り。スカパー用チューナー、BSチューナー、ハードディスクレコーダー、2台のビデオデッキのうち、ハードディスクレコーダーとBSチューナーだけ救出。スカパー用チューナーはフロントパネルが外れて中身が剥き出しになっていたため、見捨てることにした。ビデオデッキ2台も救出する時間はなかった。

↑部屋全体が斜めにひしゃげている台所



↑今年の夏、天井に設置したばかりのスピーカー。
地震が来ても落ちないようにとしっかりつけたつもりだったが、確かに落ちてはいなかった。



↑取り残された豚の蚊取り線香入れ。救出の余裕なし



↑家中のスイッチプレート、コンセントプレートは何年もかけて少しずつ木製パネルに交換した。 もちろん全部見捨てるしかない。無念。



↑少しずつものを運び出す。車の向こうに見えているのは崩れた畑と倒れた電柱


考えていても仕方がない。日没と同時に道が封鎖されてしまうので、それまでの勝負。
とにかく救出できるものをさっさと運び出すことにした。
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