Touch Me In The Morning Sun
『パンツの穴』の後、雑誌MOMOCOがダイヤルQ2番組を作ることになり、その制作を請け負うことになった。まだQ2が一般化していなくて、電話が接続できるのは首都圏の一部だけという状況だった。
番組の内容はごった煮で、中にはお色気たっぷりの女性がクイズを出して、正解するとどんどん内容がエスカレートするなんていうしょーもないチャンネルもあった。予算がないのに声優を捜すのが大変で、編集部のフリーライターに頼み込んでやってもらったりもした。
その「ダイヤルMOMOCO」というQ2番組の中で、「電話で歌手オーディション」といういかがわしいチャンネルがあった。電話口で歌を歌わせ、それを自動録音したテープを後から編集部がチェックして、優秀者には後日連絡し、改めて正式な歌手オーディションをさせるとかいう触れ込み。これも、実体は僕一人でやっていた。
そもそも、録音できるのが1回30秒で、電話で歌なんか歌ったところでその人の歌唱力がわかるわけない。ほとんどインチキ企画だ。
でも、一度くらいは「実績」を作らないと、僕としてはほんとにインチキ企画をやっていることになる。
ある日、届けられたテープの中に、気になる声の女の子がいた。
そばで男の子が「歌えよ。ほら」なんてそそのかしているのが一緒に録音されている。
で、女の子が「えー? マジぃ?」なんて言いながら、ぼそぼそっとアカペラで歌い始めた。ほんの十数秒の鼻歌。
でも、それが妙に色っぽくて雰囲気がある。アカペラなのに音程もしっかりしている。
一度くらいは「実績」を作っておこうと思い、その子が吹き込んだ電話番号に電話した。出てきた母親が怪しんだのなんの。
この子が武田容子ちゃんだった。
タヌパックスタジオ(四畳半)に呼んで、『雨の夜に』と、作ったばかりの『Touch Me〜』を歌わせてみた。
話を聞くと、音大の声楽科だという。どうりで音程がいいはずだ。
どういう状況であの電話を吹き込んだのかと訊いたら、なんと、彼氏とラブホテルの一室にいたのだという。そこで彼がたまたまMOMOCOを持っていて、ダイヤルMOMOCOの告知ページを見つけ「おまえ、歌うまいだろ。ほら、やってみろよ」と、ベッドサイドの電話から外線発信して接続したのだとか。
「親には言わないでくださいね」と頼まれたのだが、もう10年以上昔のことだし、時効だろう。
静かな曲が合うような予感は見事に裏切られて、むしろ『Touch Me〜』のほうがよかった。
ついでにこの曲のことも書いておこう。
当時、著作権フリーの音源を作るというアルバイトをしていた。JASRACに登録せず、自由に使っていい曲を集めてCDにし、業者に高く売るという商売だ。
確か1曲2万円だか3万円だったか、そんなもので「買い取り」。売り飛ばしたら最後、どこでどう使われるかは分からない。ラブホテルで流れるアダルトビデオのBGMになるかもしれないし、一流企業の広告に使われるかもしれないし、天気予報の後ろに流れるかもしれない。
10曲売り飛ばした。その業者からは「たくきさんの作品は中身も音質も別格だ」と絶賛されたが、全然嬉しくはない。哀しいだけだ。
で、こういう哀しい仕事をしているときに限って、いいメロディーが浮かんだりする。
♪Touch me in the morning sun....♪
サビのメロディーは、英語のフレーズと共に頭に浮かんできた。反芻するうちに、どうしても売り飛ばすのは惜しくなってきた。
しょうがないから、売り飛ばすほうの曲は少し変更して、このtouch me...のほうはきちんと1曲に仕上げようと取っておくことにした。
このときの曲は、その後、FMラジオから流れてくるのを聴いた。矢崎総業というメーカーのイメージCMに使われていた。普通にやれば、CM音楽だから、いくら安くても演奏までやって2万だ3万だということはありえない。きっと、どこかの広告代理店がもっと高い金をふんだくって「この曲を書き下ろさせました」と騙したに違いない。
あまりに哀しくなって、その後はこの手の仕事は断ることにした。食えなくてもやってはいけないことがある。
フレンチホルンで間奏を……というアイデアなのだが、ホルンの音は前に出てこないのでミックスが大変だ。
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