たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2002年3月1日執筆  2002年3月6日掲載

続「フィギュアの採点方法」の話

オリンピックネタが続いたので、気分を変えて趣味の話を……と、デジタルカメラ談義を書いたのだが、読者のかたからいただいたメールを読むうちに、「フィギュアの採点」について、またまた書いてしまった。
しつこくてごめんなさい。僕も飽きているんです。来週はもうちょっと軽い話にしますんで、今週1回だけご容赦を。

読者のかたから、前々回の「人が人を採点することの難しさ」の中にあった文章についてクレームをいただいた。
書き方が雑で不正確だったので、謹んで以下のように訂正したい。
「より多くの審判から、他の選手より上の評価を得た選手が1位となる」
え? 意味が分からない? ……確かに。ほんとに難解だ。
単純化すれば、「より多くの審判から1位だと認められた選手」ということなのだろうが、実際にはもっと複雑な手順を踏む。(最後に「参考」として資料的に付け加えたので、興味があるかたは参照してください)

ポイントは、
  1. 審判の点数の合計では順位が決まらない
  2. 各審判ごとに選手の相対順位を出し、それが審判別の順位点となる
  3. 各審判の順位点が平均されて総合順位点が出るわけではない
ということだ。

ほんと、しつこくなるが、前回の「スポーツの『勝負』とは何なのか?」でも書いた、今回のソルトレーク五輪女子フィギュア・シングルの結果をもう一度引き合いに出してみる。
優勝したサラ・ヒューズ選手のフリー演技での合計点数は103.8点(技術点52点+芸術点51.8点)で、2位のスルツカヤ選手の合計点数は103.9点(52.1点+51.8点)だった。芸術点では同点。技術点では0.1スルツカヤのほうが上回るので、審判が出した点数の合計で競うなら、フリーだけをとってもスルツカヤのほうがヒューズより上にくる。
(正式には技術点=テクニカルメリット、芸術点=プレゼンテーションというが、長いので便宜上こう表記しておく)

選手   審判1 審判2 審判3 審判4 審判5 審判6 審判7 審判8 審判9 合計点
サラ・ヒューズ(アメリカ) 技術点 5.7 5.8 5.8 5.8 5.8 5.8 5.7 5.8 5.8 52.0
芸術点 5.7 5.7 5.8 5.6 5.8 5.8 5.8 5.8 5.8 51.8
合計点 11.4 11.5 11.6 11.4 11.6 11.6 11.5 11.6 11.6 103.8
順位点 1 4 3 4 1 2 1 1 1 1
イリーナ・スルツカヤ(ロシア) 技術点 5.7 5.8 5.9 5.8 5.8 5.8 5.8 5.7 5.8 52.1
芸術点 5.6 5.9 5.9 5.8 5.6 5.9 5.7 5.7 5.7 51.8
合計点 11.3 11.7 11.8 11.6 11.4 11.7 11.5 11.4 11.5 103.9
順位点 3 1 1 1 4 1 2 3 2 2

上の表のように、ジャッジ別の順位点を並べると、ヒューズは1位が5人、2位・3位が1人、4位が2人。
一方のスルツカヤは、1位が4人、2位が2人、3位が2人、4位が1人だった。
これも単純に平均値を取れば、どちらも2.0ちょうどになるが、ヒューズのほうが1位を集めた人数がひとり多かったから勝ったわけだ。(実際には備考に記したようにもっと複雑な算出法だが、大まかに言えばそういうことになろう)
これこそまさに、「ジャッジひとりが1位を出すことの意味」がいかに大きいかという端的な例だろう。
(ちなみに、ヒューズを4位とした審判2人は、共にスルツカヤを1位としていて、逆に、スルツカヤを4位とした審判はヒューズを1位にしている)

フィギュアでは、出た点数を横に見ていても意味がなく、審判個人の点数を縦に見ていく(その審判が各競技者に最終的にどういう順位をつけたか)ことをしないと、結果が読めない。その「ひとりの審判が1位を出す」という結果については、(当たり前のことだが)その審判が完全に自分ひとりでコントロールできるわけだ。
また、(これは極めてうがった味方ですが)「高得点を出しても結果的には1位にさせないという微妙なコントロール」も可能だろう。あからさまに低い点数を出せば目立ってしまうが、一見高い得点を出したように見せて、結果として順位点は下げるという高度な「計算」もできるわけだ。

技術点と芸術点の合計が同じ場合、芸術点が高いほうが上とみなされる。
A、B、Cという3選手に

  A選手B選手C選手
技術点 5.85.75.6
芸術点 5.65.75.8

……とつければ、合計点は同じ11.4だが、芸術点が高いC選手が1位に、A選手は3位になり、天と地の違いだ。

フィギュアの採点方法は実に難解であり、これを細部まで一般人に理解させるのは不可能だろう。フィギュア通の人は、それを理解していることで一種優越感を持てるかもしれないが、一般には「分かりにくさ」は不透明性の印象を増すばかりという結果にもなりかねない。

特に今回のヒューズの優勝は、獲得した点数から説明しても、万人が納得できるシステムとは言えないのではないだろうか。

……というのが、前回書きたかったことだ。
もちろん、これはあくまでも私個人の意見なので、現行のフィギュアの採点方法や順位点のルールを「フィギュアの醍醐味」であり、守るべき個性であるというご意見があっても、それはご自由だし、そのへんの部分で論争を展開しようという意図はまったくない。ましてや、「スルツカヤに金メダルを」とか、「採点に疑惑があった」などと言っているわけではないので、どうか誤解のないよう、お願いしますね。

さ、来週は絶対に軽い話を書くぞぉ。(もう書いてある)


■参考■ フィギュアスケートの採点方法 詳細解説

1)各競技者について、他のすべての競技者と1対1の比較を行う。これは審判ごとに比較する2選手の採点の合計を出し、より高い合計点を得た選手に対して、その審判を「支持した審判(=Judge in Favor)」とみなし、PiF(=Ponit in Favor)として2点を与える。

2)合計が同点の場合は、

  a)ショートプログラムでは、エレメンツ(必要要素とその技術)の高い者。
  b)フリースケーティングでは、プレゼンテーション(芸術的表現力)の高い者。
  c)それでも同点の場合は、両競技者がともに1点のPiFを獲得。

3)比較するそれぞれの競技者について、別々に、全審判から得たPiFを合計。
  a)一対一比較で得たPiFの合計が高い方の競技者が勝ちとなり、2点のCP(comparative point=比較点)を獲得。
  b)両競技者の合計PiFが等しい場合は、ともに1点のCPを獲得。

4)全競技者が滑走を完了したところで全競技者を1対1で比較した表(マトリックス)が出る。
   a)この表から、より多くのCPを得た者が1位となり、以降CPの高い順に順位を決定。
   b)CPが同じ場合、PiFの多い方が上位。

この方式は1998年から登場した。(ルールの考え方はここに紹介されている)
フィギュアスケートの採点方法は過去何度も変更されている。古くは、ジャンプの飛形点と同じく、審判が出した点数のいちばん上といちばん下を切り捨て、残りを合計するという単純なやり方だった。
次に出てきたのは「席次点」方式で、1人の審判がどの選手を何番にしたかで順位を出し、その順位を足して数字の小さい選手が勝つという方式。現在の「順位点」の考え方の基本
となっている。

ソルトレーク五輪女子フィギュアシングル フリースケーティングのマトリックスが、ここに掲載されている(ページの最後の膨大な表)。見て、発狂しないように……。
ヒューズとスルツカヤのPiFは共に378で同点だが、CPはスルツカヤ42、ヒューズ44で、ヒューズが勝ちとなる。


Do you remember me?

挿画 「A dog, a horse, a moon, and a sun.」 (c) tanuki

 





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