たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2002年3月8日執筆  2002年3月13日掲載

デジカメストレス

オリンピックの審判・採点問題ネタが3週も続いてしまった。考えてみれば、フィギュアの採点方法は、人間の頭ではすぐには計算できなくなり、今ではすっかりコンピュータ任せ。これも一種のデジタルストレスを生みだしているのかもしれない。

さて、気分を変えて趣味の話をしましょ。

今からざっと30年前、上智大学を受験したとき、二次試験の面接で、面接官のひとりだった小稲義男教授(研究社英和中辞典などの編纂者としても有名……ということは後で知った)が、僕の願書を見ながらこうおっしゃった。
「君は趣味が多すぎる。せめて半分に減らしなさい」
何が書いてあったのかはっきりとは覚えていないが、音楽を作る・聴く・演奏する、漫画を描く・読む、絵を描く・鑑賞する、小説を書く・読む……などと列記してあったんだと思う。
もちろん、減らすつもりなどさらさらなかった。

しかし、卒業後、人から「趣味は何ですか?」と訊かれると、今度は答えに窮するようになった。漫画や絵を描くことは諦めてしまったが、音楽や小説はもはや趣味だとは思っていなかった。社会的に成功し、職業としようと真剣に考えていたからだ。
気がつくと、「趣味は特にありません」と答えるようになっていた。
僕としては、趣味とは、「仕事ではないもの」「プロレベルに達していなくても、自分なりに楽しめるもの」という定義ができていたから、音楽や小説を趣味とは言いたくなかった。

この状態は苦しい。音楽も小説も、常に競争の世界にあって、気楽には楽しめないのだから。音楽を聴いているときは、どうしても真剣に聴いてしまう。あ、ここのベースがちょっと走っているな、とか、このメロディーは陳腐すぎるぜ、とか。仕事のBGMとして音楽を流すなどということはまったく考えられない。小説も同じで、自分ならこう書くだろうなあ、などと思いながら読むから、楽しくない。

そのうちに、純粋に趣味と呼べるものを持ちたいと思うようになった。
結婚を機に、写真撮影を趣味にしようと決めた。写真で食っていくつもりはなかったが、写真撮影にはちょっとうるさかった。でも、プロレベルの知識や根気はない。趣味としてちょうどいいではないか。

さて、どうせなら一生続けられる趣味にしたい。そのためには、富士山も撮る、チューリップも撮る、ヌードも撮るという節操のないカメラマンではなく、何かひとつテーマを持ちたい。そう思っているとき、狛犬に出逢った。
狛犬の魅力についてはまた別の機会に改めて(何度も?)書こうと思っているので、今回は詳しく書かない。とにかく、全国の狛犬を写真に撮り始めた。20代半ばのことだ。

いい写真を撮るために、一眼レフカメラを買った。それまでは親父が持っていたアサヒペンタックスSPというのを借りていたのだが、ちゃんと自分のカメラを持つところから始めなくては……と決意したのだ。
だが、お金がない。自慢じゃないが、結婚したとき、僕の口座には7000円しか入っていなかった。レコードデビューと結婚が重なってしまって、事務所からは嫌みを散々言われたが、そのときの給料は5万円だった。
それでも、音楽は仕事だから、録音機や楽器は無理をしてもプロレベルのものを買う。当然、「趣味」であるカメラにまではお金が回らない。

ディスカウント店で、35-70ズームレンズ付きで29800円というニコンの一眼レフカメラ(FG-20)を買った。で、このマニュアル一眼レフカメラで、カメラの基本をいろいろと勉強したわけだが、結局はカメラ本体はただの「シャッター付き暗箱」であり、問題はレンズなんだということが分かってきた。50万円のカメラでも、安物のズームレンズをつけたら、しょぼい写真しか撮れない。

狛犬は、昼なお暗き神社にいることが多い。しかし、ストロボなんかたこうものなら、石が光ってしまって石の質感や狛犬の表情が台なしになってしまう。かといって、パラソルやレフ板を持ち歩くほど根性はない。暗い場所でストロボをたかずに撮影するためには、何はなくとも明るいレンズが必要になる。この時点で、ズームレンズは便利だけれど失格ということになる。

また、広角レンズは背景がぼけないから、かっこいい写真にならない。狛犬の後ろにプレハブの社務所なんかがくっきりと写っていると、どんなに威厳のある狛犬も安っぽく見えてしまう。
狛犬も人間のポートレートも同じで、明るい中望遠レンズがいちばんしっくりくる。
何年かして少しお金に余裕が出たとき、ニッコールの85ミリF1.8というレンズを買った。確か、3万円以上したと思う。これを手に入れてからは、写真の質感がぐっと上がった。

しかし、所詮は「趣味」の世界。仕事ではないから、歳を取るにつれて、重たいレンズや一眼レフカメラを持ち歩くのがおっくうになってきた。また、一時はしっかりリバーサルフィルムで撮影していたのだが、発表のメインがインターネット上(http://komainu.net)になってくると、ポジフィルムをスキャンしてデジタル画像を作る作業も面倒になってきた。

で、ついにデジタルカメラに手を出してしまう。これがまあ、なんと便利なこと。
WEBサイト用のデジタル画像は、トリミングはもちろん、ガンマ補正(撮影するときの露出補正にあたる)や色調補正、質感補正(アンシャープマスクというフィルターを使うことが多い)を施して適正なものに仕上げる。補正が効くので、撮影のときにはあまり神経を使わなくてもよくなる。こりゃ駄目だあというような逆光の写真でも、フォトレタッチソフトで補正していくと、あら不思議、埋没していた狛犬の画像がくっきりと浮かび上がってくる。

こうした補正も、プリントやフィルムからスキャンした画像より、最初からデジタルデータで記録するデジカメのほうが圧倒的にやりやすいし、効果も大きい。そのうちに、すっかりデジカメ一辺倒になってしまった。

ただし、デジタルの便利さと引き替えに失ったものもある。お気に入りのニッコール85ミリF1.8というレンズ。ああ、あのぼけ味よ、もう一度。
デジカメの広告では、画素数の競争が激化しているが、あれは車のエンジンパワーをカタログデータ上だけで競うのと同じで、馬鹿げている。デジカメの性能は画素数の多さでは決まらない。同じCCDサイズなら、画素数が少ないほうが実際にはきれいな画像が撮れることも少なくない。それより、デジカメもカメラなのだから、レンズの性能を重視して選ぶべきだ。

今使っているデジカメは、オリンパスのCamedia C-2000Zというコンパクトな機種。この傑作シリーズの初代で、F2.0-2.8の明るいレンズが気に入って購入したのだが、それでもレンズのぼけ味は弱く、なんか素人臭い(つまり、コンパクトカメラっぽい)写真になってしまう。思いあまって、狛犬の輪郭に沿ってていねいにマウスを動かしながら、背景をレタッチソフトでぼかしたりすることもあるが、これは無性に虚しい作業だ。
おまえはアナログの魂を失ってしまったのか。デジタルのお手軽さ、便利さに負けてしまったのか……と、写真の神様が嫌みを言っているのが聞こえるようだ。

一眼レフ用のレンズを使えるデジタル一眼レフカメラというものもある。が、実売価格は30万円くらいする。とても「趣味」の世界で手を出せるものではない(もちろん、趣味だからこそそういう高級機を使うのだという人もいるけれど)。
僕の生き方スローガンは「魂はアナログ、手段はデジタル」だが、カメラに関しては、このバランスがうまくとれない。

今狙っているのは、F2.0-2.4 というズームレンズがついた中高級機で、実売価格が11万円程度。これだと、F1.8、85ミリのニッコールレンズには負けるものの、それなりの写真が撮れそうな気がする。でも、ふんぎりがつかない。
次の小説が出たら買おうとか、いろいろ考えているのだが、いつになることやら。
大体、このところパソコンに縛り付けられていて、狛犬巡りもままならないんだよなあ。
ああ、ストレス、ストレス。

◆デジタルカメラの選び方と撮影術については、狛犬ネット(http://komainu.net)の中の特設コーナーでも画像入りで紹介していますので、興味がある方は覗いてみてください。
大分県国東半島で見つけた、日本一唇の厚い狛犬

■写真: 世界一唇の厚い狛犬 (撮影:鐸木能光)
(撮影地:大分県国東半島)






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