たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2004年3月13日執筆  2004年3月18日掲載

内税表示義務化の闇

3月13日の朝日新聞be「be between」コーナーで、消費税表示の変更についてのアンケート結果が掲載されていた。
消費税法の改定で、4月からは「×××円(税別)」という表示だけでは駄目で、消費税込みの総額を表示しなければいけないとなった。これをどう思うか、というアンケートに3562人が回答している。
賛成が44%、反対が38%、わからないが18%だそうである。

賛成派は「実際の支払額が分かりやすい」(1537人)を筆頭に、「99円などの安売り感のある値付けに左右されなくなる」(622人)、複数の表示方法があると分かりにくい(592人)などの理由をあげているが、中には「税率が上がっても負担感が薄い」(121人)などという、政府が聞いたら泣いて喜びそうな理由もある(そんなことで嬉し泣きするほど純朴な政治家はいないが)。
「税率が上がっても負担感が薄くて済む」というのは論外としても、「レジで驚かなくてすむ」(392人)などというのも、あまりに情けないではないか。

この消費税法改定のおかげで、目下、あちこちで悲鳴が上がっている。
そもそも、税別表示というのは、売る側が少しでも安く見せるためにしている方法、というわけではない。もちろんそういう側面もあるが、いちばんの目的は、消費税率が変わったときに対応しやすくするということである。
消費税が3%から5%に値上げされたとき、予期せぬコストがかかり、大変な目にあった業界がたくさんある。出版業界などはその代表だが、そのとき、いちいち価格表示を変更しなくてもよいようにという目的で、やむなく外税表示を採用したのだ。
書籍が税込表示に戻るのは、ただでさえ利潤の少ない出版業界にとっては死活問題だろう。消費税率が変更されるたびにすべての本の値段表示を手作業でやり直さなければならない。そんな面倒なことをするくらいなら断裁処分にしてしまおうということで、昔に比べて極端に短くなっている本の命がさらに短くなる事態が容易に考えられる。

ネットショップも大迷惑である。
現在、ネットショップで採用しているレジカゴシステムのほとんどは、本体価格と消費税を別に計算することによって、消費税率変更にもすぐ対応できるよう設計されている。
税率が仮に5%から7%に上がったとしても、WEBショップサイトは、レジカゴソフトの設定を変更するだけでよい。何千ページの商品紹介ページがあろうとも、その部分には手をつけなくていい。せいぜい「5%」という文字列を検索して「7%」に一括置換する程度の修正で済む。
ところが、ネット上に1つ1つの税込価格を表示することになれば、その部分は全部手作業で修正しなければならない。テキストで表示している場合でも面倒だが、価格表示が画像になっている場合などは、画像ファイルを作り直すことになり、とんでもない手間がかかる。
ネット通販というのは、自動化できるところは極力自動化することによってコスト減をはかっているのだから、こうした不測のコストは命取りになるケースも出てくるだろう。

ネット通販に限らず、POSシステムが発達した現代では、今回の消費税法改定は、あらゆる商品販売現場でシステムの根本を変えなければならない可能性をもっている。
消費税は1円未満切り捨てなので、1.05を掛けて端数が出る価格の場合、今までも、バラでレジを打った場合とまとめて打った場合では金額に差が出ることがあった。
例えば、10人がレストランで530円のランチを食べた場合、ひとりずつレジに行って精算すると、530円×1.05=556.5円で、支払い合計は556円×10=5560円になる。
ところが10人分まとめて支払うと、530円×10×1.05=5565円となり、556円×10よりも5円多く支払わなければならなくなる。
価格表示を税込にしなければならないとなると、この問題はますます深刻になる。
98円の商品を税込表示すると、102.9円の端数は切り捨てて102円と表示することになる。これを10個買うと、1020円のはずだが、現行のレジソフト(POSシステム)では、98円×10×1.05と計算するため、1029円となり、9円多く請求してしまうことになる。
「102円の商品が10個なのに、なんで1020円じゃないの? このレジおかしいよ!」
……となって、これではまずいから、結局はPOSシステム全体の変更が迫られる。
これがどれだけ大変なことか、お上は分かっているのだろうか。

さらに問題なのは、来年2005年4月以降は、「納税する消費税は年間売り上げの5%」と一律に決められてしまうということだ。
説明すると、消費税は端数切り捨てなので、今までは切り捨てられた分の端数は納税義務がなかった。

//参考// 消費税法施行規則第22条第1項
「課税標準額に対する消費税額の端数処理の特例」
小売業や飲食業では、消費税込み金額で発行されるレシート等に、含まれる消費税相当額を「100分の5」を乗じて算出したときの1円未満の端数を処理した後の金額を記載している場合に限り、その記載された端数処理後の消費税額相当額を基に消費税額を計算できる。


これが2004年3月31日で廃止される。
要するに、貰っていない消費税の端数も上乗せしてお上に納めなければならなくなるということだ。
すでに述べたように、98円の商品は消費税込みで102.9円だが、端数の0.9円は切り捨てなければならないから、客が支払うのは102円である。しかし、売ったほうは、お上に納税するときはこの0.9円を上乗せして払わなければならない。98円の商品をバラバラに1万個売った場合、売り上げは98万円だが、お上に切り捨て分の消費税を納めなければならないため、9000円の損になる。
一方、98万円の商品を1個売った場合、総額は102万9000円であり、端数は出ない。納税の際に損をすることもない。
つまり、少額商品を細かく売っている商売ほど損をすることになる。
98円の商品を1個単位で売って儲かる金額などたかが知れている。そうした面倒な商売をやっている業者ほど損をするのである。
お上は税金の計算や徴収を販売者に押しつけているのだから、本来なら「税務委託料」を支払うべきだろう。それを逆に、取っていない分まで納めさせるとはどういうことなのか。

今回の総額表示義務化を支持している人たちには、ぜひこうした問題を知っていただきたいと思う。「分かりやすくなっていい」と喜んでいる裏で、現場ではどんなことが行われているのかを。
一説には、今回の内税式総額表示義務化は、近い将来の消費税率上げを睨んだものだという。内税方式にして消費税部分を隠し、税率が上がったときの痛税感(面白い言葉だ)を和らげようという意図……。
とんでもない話だ。

税率を上げたいなら、外税表示でなければ理にかなわない。
「すみませんけど、消費税を上げさせてもらいますね。みなさんご面倒でしょうが、税率部分を変更して、対応よろしくお願いしますね」
というのが筋であろう。外税表示ならそれで対応できる。外税表示は税率変更に対応した方式なのだから。税率を上げる前にそれを禁止するというのは、寒波が来る直前に人々から防寒着を取り上げるようなものだ。
「○月○日に断水しますが、汲み置きは一切禁止します」という行政が許されるだろうか。
逆に、内税表示を義務づけるというのは、「当分税率を変更するつもりはございません。なにがなんでも現在の税率を維持します」という決意表明でなければならない。
税率は上げる、その度に価格表示を全部書き換えさせるでは、暴君、暴政と呼ばれても仕方がない。
beの特集にも掲載されていた「こんな大事なことを、国民的な議論もないまま、決めてしまっていいのだろうか」(47歳男性)という声は当然である。

どの党でもいい。心ある議員は国会で政府にこう念を押してほしい。
「これだけ面倒なことを国民に押しつけたということは、当面消費税率が変わることはないということですね?」と。
誤解のないように一応断っておけば、消費税を上げることの是非を言っているのではない。内税表示義務化がもたらす大迷惑、大混乱を、政府はどう考えているのかと問いたいのだ。

国税がどのように使われるかを監視する気持ちを持ち続けるためにも、我々税を払う側としては、自分がいくら税金を払っているのかを常に意識しているべきだ。少なくとも、「レジで驚かなくてすむ」「税率が上がっても負担感が薄くてすむ」という程度の感情で、お上の都合のいいようにコントロールされるのは情けなさすぎる。

ともかく、4月から内税総額表示が義務化される。消費税率アップが国会で論じられるようになったとき、今回の内税表示義務化のことを必ず思い出そう。そして、姑息な手段で国民をコントロールしようとした政府に対して、どう評価するべきか、改めて考えようではないか。
言わずもがなだが、消費税率を上げる前にするべきことは星の数ほどある。
つぶれた店
廃屋となった土産物屋
(福島市飯坂町にて)


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