たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2004年4月2日執筆  2004年4月6日掲載

続・ボケを求めて三千里

先週書いた寅吉・和平狛犬めぐりの興奮はまださめやらない。
狛犬ネットに紹介ページを作った後も、自分で何度も文章を読み返し、写真を眺めていた。
そうしているうちに、やはりいい作品はいい写真として残したいという思いが強まる。
で、ついに買ってしまった。NIKONのD70というデジタル一眼レフを。

デジカメで撮影した写真はなぜ背景がボケないのか? という話は『ボケを求めて三千里』と題して以前にも書いた
当初、誤解していたところがあるので改めて説明すると、

1)デジカメの撮像素子(画像を記録する部分。CCDやCMOSなど、フィルムカメラのフィルムに相当するパーツ)は、35mmフィルムの撮像面積に比べて極端に小さい。
2)小さな面積に像を結ばせるためのレンズは、焦点距離が短くなる。
3)焦点距離が短いと被写界深度は深くなり、背景はボケない。
4)一般的なデジカメのレンズでは、ズームの望遠側でも焦点距離は50mmに満たない。また、レンズも暗く、絞りを開放にしてもF3以下になるものはあまりない。
5)結果として、一般的なデジカメで背景をぼかした写真を撮ることは光学的に不可能である。

……ということになるだろうか。
光学的に無理ということは、電子技術が進歩しても改良できないということだ。
小さな撮像素子に500万画素だの800万画素だのを詰め込む競争が相変わらず続いているが、ボケには全然寄与しない。撮像素子が小さければ、当然それに合わせて設計されたレンズの焦点距離は短くなる。デジカメ用に無理矢理100mmなどの焦点距離を持つレンズを作ったとしたら、望遠鏡みたいな代物になってしまうだろう。あまりにも非現実的だ。

35mmフィルム規格(ライカ判)は、写真の世界に絶大なる「標準規格」を確立した。多くのカメラマンは、この規格が身体に染みこんでいる。例えば、50mmのレンズにF2.0という絞りを組み合わせたときにどんな写真が撮れるのか。画角とボケ具合がしっかり頭に入っている。
デジカメが出てきたときも、カメラマンにとっての理想は、今までの経験がそのまま生かせて、記録手段だけがデジタル化されることだった。デジタル一眼レフカメラというものも、当初からそうした方向性で開発され、売り出された。
ボディ形状はフィルム一眼レフカメラと同じ。シャッターやダイヤルの配置も同じ。交換レンズも35mm一眼レフ用のものがそのまま使える。

しかし、大きな壁があった。撮像素子の値段という壁だ。
35mmフィルムの撮影面(36×24mm)と同じ面積の撮像素子を作ると、とんでもない値段になる。
現在、コンタックスやキヤノンが35mmフィルムと同じ面積の撮像素子を持つデジタル一眼レフを出しているが、値段は80万円くらいする。そんなものが買える人間はそうそういない。
デジカメの宣伝が画素数競争になっているのも、この厳然たる事実を隠したいというメーカー側の意図が感じられる。

多くのデジタル一眼レフカメラは、小さな撮像素子を使い、値段をなるべく安くしている。
35mmフィルムの35mmというのはフィルムの幅であり、撮像面積は一般に36mm×24mmである。これに対して、代表的デジタル一眼レフカメラの撮像素子面積は以下のようになっている。

 Canon EOS 1Ds:36×24mm(35mmフィルムカメラと同じ)
 Canon EOS Kiss Digital:22.7mm×15.1mm
 NIKON D70 :23.7mm×15.6mm
 OLYMPUS E1:17.3x13.0mm(専用規格のレンズを使用)

本来36×24mmの撮像面積に像を結ばせるように設計されたレンズを、もっと小さな撮像素子を持つデジカメで使うとどういうことになるのか? 本来結ぶ画像の周囲が切り取られたような画像になる。自動的にトリミングされてしまうようなものだ。
トリミングされた画像を本来の画像(36×24mmの面積に結ぶはずだった画像)と比べれば、画角的には、より焦点距離の長い望遠レンズで撮ったような感じになる。そのことを便宜的に「35mm換算で××mmに相当します」とか「画角は35mmと比較して約○倍になります」などと説明しているわけだが、「○倍になります」ではなく、「周囲が△%トリミングされます」と言ったほうが正確だろう。

このようなデジタル一眼レフを購入した人は、自分が使い慣れたレンズを装着して初めてファインダーを覗いたときショックを受ける。
「げ!? なにこれ。50mmじゃないじゃん!」
理屈では分かっていても、実際に覗いてみたときはやはりショックである。
しかし、ボケ具合だけは同じに確保できる。ポートレート写真などでは、明るい50mmレンズを80mmレンズくらいの中望遠感覚で使えると思えば腹も立たない。

それでも、22.7mm×15.1mmや23.7mm×15.6mmしかない撮像素子に、36×24mm用のレンズを使うというのはあくまでも強引な方法であって、本来は実際の撮像素子面積に合わせてきちんと設計されたレンズを使うべきだ。そのためには、デジタル一眼レフカメラの撮像素子面積を統一したほうがいいことは言うまでもない。
そこで、オリンパスでは「フォーサーズシステム」というのを提唱している。フォーサーズというのは4/3インチのことで、撮像素子の大きさを表している。
17.3x13.0mmという面積は、現在10万円台で売られているEOS Kiss DigitalD70に比べるとかなり小さい。

肝心のレンズはというと、14-54mmズーム F2.8-3.5というのが標準装備用の専用レンズとして発表されている。しかし、これではそれほどボケてくれそうもない。
明るい単焦点レンズとしては、50mm F2というのがあるが、値段は安売り店でも6万円以上。これで画角的には35mmフィルム用レンズ換算で100mm程度。ちょっと使いづらそうだ。50mm F1.4を装着したD70でボケまくっていたほうがずっと幸せだ。

デジカメにはデジカメ専用の統一規格を、という考え方は正しいだろう。しかし、その統一規格での撮像素子面積が36×24mmよりも相当小さいものに決まった場合、35mmフィルム用レンズが実現していたボケ具合はほぼ諦めなければならない。
ボケを求めて長旅をしてきた僕としては、やっぱり撮像素子の価格がこなれて、36×24mmの撮像素子を持つデジカメが安くなってくれるほうがずっとありがたいかなあ。

もっとも、「ボケ」は美しいと思うこと自体が、35mmや大判フィルム時代にできた幻想であり、これからの写真芸術では「ボケ崇拝」「ボケ感傷」を排除していけばいいのだ、という革命論も出てくるかもしれない。僕は嫌ですけどね、ボケのない写真なんて(……なんて書くと、誰かツッコミを入れてくるかしら)。
●ボケる/ボケない
(左はF2.8、5mm、右はF1.4、50mm)

デジカメの肝は、大胆にガバッと撮影して、その写真をそのまま出力せず、必ず「補正して」使うこと。しかも、使いにくいデジカメのオマケソフトなどではなく、IrfanViewをはじめとした優秀なフリーソフトでサクッと加工・管理するのが肝。大胆で即効性の高い「ガバサク理論」でデジカメライフが変わる。オールカラーの実例写真を眺めているだけでも楽しい、1000円でおつりのくる待望の新書サイズデジカメガイド! 詳細情報はこちら
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