たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2004年7月2日執筆  2004年7月6日掲載

これは「趣味」です!?

20代半ばまで、「趣味は何ですか?」と訊かれるのが苦手だった。
作曲も小説執筆も、それで金が稼げるかどうかに関係なく、「趣味」でやっているつもりはさらさらなかった。中学生のときでも「音楽が趣味です」とは絶対に言わなかった。
そもそも「趣味」とは何か。
僕の気持ちの中では、
1)プロとして金を稼ぐためにやっているわけではない
2)必ずしもプロレベルの技術や知識を持たなければならないわけではない
3)しかし、仕事以上にやっていて楽しく、夢中になれなければ「趣味」とはいえない
……という定義のようなものがあった。

この定義を満たすものが、僕にはなかった。
例えば、「旅行」とか「クルマいじり」とか「焚き火」は好きだけれど、特にそれを「趣味」として積極的に楽しんでいるという自覚はない。
「趣味は旅行です」……って言うのもなんだかなあ。旅行って、ほとんどの人にとっては楽しいことだろうから、特に「趣味」と言うほどのことでもないような気がするし。

そこで、20代後半からは「趣味は狛犬です」と答えることにした。狛犬という趣味を持ち、自分の中で「狛犬は趣味であり、仕事ではない」と定義することで、気持ちが楽になった。

先日、『神の鑿(のみ) 寅吉・和平の世界』という小冊子を自費制作した。A4判12ページでフルカラー。このコラムでも過去何度か紹介している石工・小松寅吉と小林和平の作品世界を解説したものだ。
先月、狛研(日本参道狛犬研究会)の定例会で話をしてくれと依頼されたのを機に、「豪華な資料」として60部作ったものだ。1冊700円ほど実費がかかっているが、狛研では無料で配った。
これはもちろん完全に趣味。趣味だから、どんなに作業が大変でも、お金が出ていくだけで入ってこなくても、楽しい。気がつくと「仕事」より、ずっと気合いを入れて取り組んでいたりする。

趣味は無欲でもある。それで有名になろうとか、金儲けをしようなどということは考えない。自分が楽しければいい。
ところが、無欲の勝利とでもいうか、趣味だからこそこもる「力」が他人を動かすこともあるようだ。
僕は気づかなかったのだが、その狛研定例会にはアニメーターの大塚康生さんがいらっしゃっていたようで、後で、「あの冊子はすばらしい。仲間の宮崎駿さんに見せたら非常に感心して見入っていたので渡してきてしまった。あと5冊ほしい」というリクエストがあった。人形作家であるお袋からも「あと10冊はほしい」と言われた。すでに僕の手元には4冊しかなかったので、増刷することにした。
また、寅吉・和平の地元である福島県石川郡石川町の町長にも渡ったそうだ。寅吉・和平の情報をくださったのは、石川町の元助役のかたなのだが、他にも学校関係や公民館に置きたいから、もっとほしいとのこと。寅吉・和平作品にはさんざん楽しませてもらっているので、地元関係には数十部寄贈することにした。ということで、100部増刷を注文。予想外の展開だ。

母校上智大学の恩師にも一部送ったところ「今までのきみの仕事の中で、いちばんすばらしい」などと言われてしまった。
しかしここまでくるとなんだか複雑である。趣味でやっていることを「きみの仕事」と言われ、しかも「いちばん」となると、僕の音楽や小説はこの冊子の価値以下なのかしら、と、むくれたくもなる。(どーせどーせ……)

せっかく「趣味」を規定したのに、これは趣味、これは仕事、という明確な線引きが難しくなってくるのを感じる。
そういえば、狛犬のことを書いて原稿料や印税をいただくケースもポツポツと出てきた。
『集める! ──私のコレクション自慢』(岩波アクティブ新書)という本では、依頼されて「狛犬という趣味」という文章を書いた。これは共著だし、本の企画は編集部から出てきたもので、たとえ売れなかったとしても僕自身は何も責任を感じる必要はない。だから、純粋に「趣味でお金をもらってしまった」という楽しい楽しい体験だった。

同じ本が出るのでも、小説の場合はそうはいかない。
まず、書く作業が辛い。小説を書いている時間を「楽しい」と感じたことなど一度もない。小説は理屈抜きに、読む人が「楽しい」と感じなければならないと思っているので、人を楽しませるために苦心する。奇想天外な着想も、スリリングなストーリー展開も、全部自分で考えるわけだから、「いやぁ、面白くて、朝までかかって一気に読んでしまいましたよ」なんて誉められても、(もちろん嬉しいけれど)僕自身は自分の作品を読んでカタルシスを得られることはない。
ようやく本が出た後も、売れなければ出版社に損をさせるわけだし、僕の作品に惚れ込み、頑張って編成会議を通してくれた編集者の立場も悪くなる。だから、本が出ると同時に、重荷も背負うことになる。やっぱり「仕事」は辛いなあ。

今度は、その中間のようなケースがあった。
『デジカメ写真は撮ったまま使うな! ガバッと撮ってサクッと直す』(岩波アクティブ新書)というのが出たのだが、これは「趣味」のことを書きながら、売れ行きに責任を感じなければいけない「仕事」でもある、という微妙なものになってしまった。

写真は僕にとっては完全に「趣味」で、写真で稼ごうと思ったことは一度もない。自分が撮った写真が商業出版物になるとは、今まで考えたこともなかったから、なんだかすごく得をしたような気にもなった。それだけに、出るのがすごく待ち遠しい本でもあった。小説が出るときよりも待ち遠しかったように思う。

でも、発売日を目前に控えた今の心境はちょっと違う。
この本は自分から企画を売り込んだし、売れないと、非常に肩身の狭い思いをすることになる。内容には自信があるけれど、本が売れる/売れないというのは、内容とはあまり関係がないということは、今まで嫌というほど経験している。どうしても最悪の事態を想像してしまうのだ。楽しいはずが、気がつくと苦しい……ああ、損な性格。
しかしまあ、これはまだまだ僕が、楽しく生きる達人、「プロの趣味人」になっていない証拠だろう。魯山人の境地にはほど遠いわね。
神の鑿
●写真 「いちばんいい仕事」と言われてしまった『神の鑿』
(c)komainu.net

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