たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年7月6日執筆  2006年7月11日掲載

「大神」を失った国

美濃口さんのコラム「人間と共生する困難(2)」を読んで、ドイツに野生のクマがいないということを初めて知った。
日本には幸いクマはまだかろうじている。いつまでいるか分からないけれど。

日本にいなくなってしまった野生動物としてまっ先に頭に浮かぶのはニホンオオカミだ。
明治時代に徹底的な撲滅作戦が展開され、あっという間に種を絶滅させてしまった。
まず、北海道開拓の中でストリキニーネによる毒殺が行われ、エゾオオカミは1889(明治22)年に絶滅。本土のニホンオオカミも1905(明治38)年には絶滅したといわれている。
今では、剥製でさえ日本国内には3体しか残っていない。

狛犬を四半世紀も追い続けていると、オオカミの存在はいやが上にも意識するようになる。狛犬と同じように狼像を置いてある神社は数多くあり、中には一見して、狛犬なのか狼なのか狐なのか分からないものもある。
オオカミは「大神」に通じ、かつては日本人にとって畏敬の対象だった。稲荷神社の狐は眷属(けんぞく)あるいは神使(しんし)といって、神様の使いだが、狼は神様の使いというよりは、神そのものとして崇拝されている地域もあるようだ。
三峯神社を頂点に、秩父山系には狼信仰の神社が多い。これらの神社には狛犬の代わりに狼像が建立されている。

オオカミは、生物としてとてつもなく優れた能力を持っていたらしい。
東大のサイトに、よくできた研究論文があるが、それによれば、
「オオカミは大きい上に走る能力にすぐれ、短距離なら100メートルを8秒で走れる上に、長距離をも得意とし、マラソン以上の距離を続けて走ることができる。中には250キロメートルを走り続けたという記録もある(ベルナール1991)。しかも聴覚、嗅覚、さらに知力にすぐれ、リーダーのもとに組織的な狩りを行う」
そうだ。

牧畜が盛んなヨーロッパでは、ヒツジやヤギを襲う害獣として忌み嫌われたが、日本では稲作畑作が中心で、農業における害獣はシカなどの草食獣だった。だから、草食獣を補食するオオカミは、決して害獣ではなく、好ましい存在だった。

ニホンオオカミは、現存する大陸のオオカミよりはるかに小さく、中型の日本犬程度の大きさだったらしい。実際、現存する剥製もみな小振りで、「え? これがオオカミ?」と思うほど迫力がない。もっとも、これは剥製の作り方が稚拙だったせいもあるだろう。
小さくても、普通の日本犬より走力や戦闘能力は優れていて、それを知る昔の日本人は、畏怖していたに違いない。

狼信仰では、火伏せの神としての御利益もうたわれているが、山火事などが起きるとオオカミが遠吠えで知らせたからではないか、という説もある。
また、山に潜んで旅人を襲う山賊にとって、オオカミは闇の中で自由に動ける恐ろしい存在だった。その意味でも、一般の里の住民にとっては守り神として機能していたのではないかとも言われている。
日本各地には、山賊や鬼が村人を脅し、生娘を生け贄に差し出させたり、農作物を強奪したりしていたが、オオカミがそれを懲らしめてくれた、といった民話や伝説が残っている。そこにも、日本人のオオカミに対する親近感、畏怖の念が読み取れる。

かつての日本では、食物連鎖の頂点は(人間を除けば)オオカミだった。
オオカミの存在は、シカやイノシシなどの個体数を調整する役割を担っていた。それが絶滅させられたのだから、生態系への影響は計り知れない。

オオカミがいなくなった日本列島で、現在、人間より力が強く、まともに喧嘩したら負けそうな野生動物の代表はクマである。北海道に棲息するヒグマは身体も大きいから、特に怖がられる。
Googleで「クマに襲われる 死亡」などのキーワード検索をしていたら、「ヒグマをめぐる渡島半島地域住民の意識と行動」(亀田正人、丸山博)という興味深い論文を見つけた。
(室工大紀要第53 号 2003年)
渡島半島地域に住む人々を対象に、ヒグマに対してどんなイメージ、意見を持っているかを調査した報告書だ。

例えば、
「あなたは渡島半島地域で過去10年間に何人の人がヒグマに襲われ死亡または負傷させられたと思いますか」という質問に対して、7割以上の人が実際よりも多い数字をあげていた。
ちなみに、1991年から2000年までの10年間で、渡島半島地域でヒグマに襲われた人は7人で、うち、死亡は2人だった。

一方、
「あなたは渡島半島地域で過去10年間に何頭のヒグマが殺されたと思いますか」という質問に対しては、9割近くの人が実際の数より少なく答えた。
実際には、638頭のヒグマが人の手によって殺されている。これは渡島半島地域だけの数で、北海道全体の数ではない。
ちなみに、現在、国内の(つまり北海道の)ヒグマ生息数は2000頭を切っていると言われている。

また、「渡島半島地域の山にヒグマがいることについてどう思うか」という質問に対して、函館市の住民の21%、その他の町村部の住民の32%が「絶滅すべき」あるいは「いないほうがいい」という答えを選んでいる。
ちなみに「いたほうがいい」「いるべき」という意見は、函館市で36%、その他町村部で27%だった。

最後に、こんな統計も紹介しておきたい。
「平成17年度の狩猟期間における事故事例」という報告だ。
これによれば、平成17年4月1日〜平成18年2月20日の間、猟銃によって殺された人は5人。猟銃・猟犬によって怪我を負った人は19人(うち自損事故が5)だそうだ。
これは10年間の数字ではなく、1年足らずの期間での数字である。




●ニホンオオカミの剥製
(国内に現存する3体のうちの1つ。国立博物館蔵)

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