たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2007年1月12日執筆  2007年1月16掲載

想い出に残る宿TOP3 その2 Nの湯

前々回から始めた「忘れられない宿」シリーズ、予想外に反響が大きくて?、「あと2軒、必ず完結させるように」というリクエストが複数からあった。
というわけで……



その2 Nの湯(福島県)の巻

1981年に結婚してから、毎年新年は旅先で迎えようと決めて、大晦日は車で出かけていた。
81年の冬は、群馬県の上発知というところにスキーに行ったのだが、雪がなく、雪を求めて周辺をさまよった。(ちなみに、30代になる頃には、スキーというレジャーそのものに疑問を抱くようになり、スキーはスパッとやめてしまった)
能登旅行で散々な目にあった1971年型のギャランAIIは廃車にして、82年からは32万円で購入したトヨタ・スターレットバン(1200CC)に乗り換えた。贅沢にもクーラーがついていたが、長距離ドライブをするにはあまりにも危険極まりない車だった。
若いというのは恐ろしいことで、この非力な4速マニュアル商用車に太い中古タイヤを無理矢理履かせ、岩がゴツゴツ転がる林道などを好んで走ったものだった。

83年元旦は、どこか太平洋側で初日の出を拝もうと、いろいろ宿を探したのだが、大晦日に空いている宿は見つからなかった。
そこで、大晦日はなんとなく6号線を北上しながら行き当たりばったりでラブホを見つけて飛び込み、元旦の夜はちゃんとゆっくり泊まれるように宿を予約しておくことにした。
で、「宿泊表」という分厚い旅館ガイドブック(今もあるらしい)に掲載されていた一軒宿「Nの湯」を探しだした。宿泊料金ランクは旅館では最低ランクの5000円以下。
地図で見ると、ポツンと山の中にある。
ダメかなあ、と思いながら電話をかけると、おばあさんらしき人が出た。

「元旦の夜なんですけど、泊まれますか?」
「はい」
「え? 大丈夫なんですか?」
「はい」
「よかったあ。じゃあ、二人お願いします」
「はい」
……なんとも頼りない応答だったが、予約できるだけありがたい。山奥のひなびた温泉、いいじゃないか。

そんなわけで、大晦日、渋滞している6号線を、アマガエル色のスターレットバンでのろのろと北上。
途中、ラブホ(当時はこういう呼び方はまだなかったと思う。もちろん、ファッションホテルだのブティックホテルだのという呼び方もなかった)の看板を見つけるたびに横道に逸れてチェックしたが、どこも満室。
唯一、空室表示を出しているところがあり、入ろうとしたのだが、なんと、離れ家式の建物の前にはムシロが垂れ下がっている。
最近では、ビニールのビロビロカーテンを下げたラブホというのはまず見なくなったが、当時はまだ結構見うけられた。いかにも見ちゃダメという淫靡な感じ。
あれはオシャレとは対極にあるものだったが、なんと、そこはビロビロカーテンの代わりにムシロなのである。
「ムシロのようなカーテン」ではない。藁でできた本物のムシロ。しかもボロボロ。それが各建物の脇に1枚ずつ垂れ下がっているのである。
どう見ても、その奥には耕耘機や脱穀機が置かれているという風情。
建物も、錆の浮き上がったトタン板張りで、度胸試しのつもりでも、入るのは相当勇気がいる。
他のラブホがすべて満室なのに、そこだけはまだ空室あり。そりゃそうだろなあ。
……というわけで、ここはさすがにUターン。

ところが、その一軒が後にも先にも唯一の空室ありで、二度と空室あり表示のラブホには巡り会えなかった。
おかげで車は予定よりどんどん進んでしまい、真夜中に勿来海岸に着いてしまった。
ラブホでちょっと寝てから初日の出のつもりが、寒さの中、震えながら車の中で日出を待つ羽目に。
見ると、周囲には同じような甘い考えで家を出てきたらしきカップルの車がたくさん停まっている。
妙な連帯感を抱きながら、泊まりっぱぐれ集団は、暗い海を見つめながらじっと夜明けを待ったのだった。

やがて波が白く見えるようになってきた。でも、そこからが長い。初日の出を待つときって、そういうものですね。なっかなか出てこない。しかも曇り空。
ようやくみんなで海岸から、分厚い雲の向こうにぼんやりと浮かぶ初日の出を拝んだが、もう身体は寒いし、眠いし、腹は減るしで、疲労困憊。
初日の出を見終わったカップル軍団は、次々に海岸から離れていった。
……と、国道に戻って少し進んだところにラブホの看板。
車は一斉にその看板に導かれて脇道に入っていく。
そこは、決してムシロなど下がっていない、新しそうなラブホが建ち並ぶ天国のような一角だった。
ちょうど、ホテルで新年を迎え、初日の出を見に早めに出ていった客がいっぱいいたようで、どのホテルにも空室表示が出ている。
寒い夜を海岸で過ごしたカップルたちは、我先にとホテルの駐車場に吸い込まれていったのだった。

我々も無事こぎれいな部屋をゲット。
ビールを飲んで新年を祝い、冷え切った身体を風呂で温め、熟睡。
起きたときは昼過ぎだった。
しかし、ここまで来ていれば、予約してあるNの湯はそう遠くない。
余裕でNの湯をめざした。

改めて地図を見ると、Nの湯は、いわきと郡山を結ぶ国道の脇に位置している。といっても、今は地元の人しか使わないような細い旧道に面していて、その旧道の入り口がなかなか分かりにくかった。
一度ならず、二度、三度通り過ぎては戻り、「ほんとにこの道かぁ?」と訝りながらその旧道に入っていった。
ところが、旧道が終わって、元の国道に合流するところまで走っても、それらしき宿はみつからない。
看板の類はおろか、道の両脇は田圃や畑ばかりで、旅館らしき建物も一切なかった。
変だなあ、この道以外にはないけれどなあ、と思いつつUターン。

しかし、やはり見つからない。
その旧道を3往復くらいしただろうか。車を停めて、もう、何度見たか分からない地図をもう一度確認する。
地図にははっきりと「N温泉」と書いてあり、旅館を表すHマーク(HotelのHね)もついている。そのHマークのあたりにあるのは、どう見ても普通の農家なのである。

「まさかここじゃないよな?」
「違うでしょ〜。でも、ここで訊けば教えてくれるでしょ」
というわけで、農家の庭先に入りこみ、縁側に座っていた老婆に訊ねた。
「すみません、Nの湯というのは……?」
「はい……」
……ん、どこかで聞き覚えのある声。も、もしかして、この耳の遠そうなばあさまが電話に出たのか?
「あの……Nの湯というのがこのへんに……」
「ああ〜?」
「Nの湯です。Nの湯」
「ああ〜、ここだ」
ぐあああ〜〜、やっぱり……。

この時点で、「あ、そうですか。どうもどうも」と、ごまかして引き返そうかと思った。
でも、電話予約しているのだから、勝手にキャンセルするわけにもいかない。それに、今日は元旦。今から取れる宿が他にすぐ見つかるとも思えない。
覚悟を決めた。
「電話で予約していた鐸木ですけれど……」
「はあ?」
あああ〜、またかよ。
そこに女将さんらしき人が出てきた。
「電話で予約をしていた……」
「はい?」
ダメだこりゃ。完全に通じてない。
K温泉以来の予約すっぽかされである。
どうも、電話に出たおばあさんは、高齢のためか、思考が普通の人の何倍も緩やかになっているようである。
女将さんは困った顔をしていたが、おばあさんがたまたま電話に出て、予約を受けてしまっているらしいことをすぐに理解して、部屋に案内してくれた。

農家(母屋)とは完全に離れた建物だが、客などひとりもいない。真冬だというのに火の気がまったくない。
部屋は障子1枚で区切られた和室で、室温は限りなく外気温と同じ。
小さなこたつがあったが、ストーブもない。
息が白くなるその部屋で、僕らは押し入れから毛布や布団を持ち出して、それにくるまりながらこたつに入ってひたすら時間が経過するのを待った。
そのうち、女将さんが小さな火鉢をひとつ持ってきてくれた。中には大きめの炭が一つ入っているだけ。かすかに火がついていたが、それも、女将さんが引き上げてすぐ、室温の低さに負け、消えてしまった。
マッチ一箱使い果たす勢いで、必死でもう一度火をつけようと試みるが、なかなかうまくいかない。
これはもう、お正月の温泉旅行というようなものではなく、完全にサバイバル訓練だ。
屋根と壁があるだけマシと思うしかない。

晩ご飯も質素を絵に描いたようなもので、正月料理などとは縁遠い。ひたすら辛く煮付けた佃煮みたいなものと、ちょこちょこっと添えられた惣菜だけ。味噌汁もお椀に一杯だけで、運ばれてきたときにはすでに冷えていた。

で、このNの湯、温泉というのは正確ではなく、鉱泉であった。
15度(水じゃ)の鉱泉を湧かしているのだという。
「うちは旅館じゃなくて風呂屋だから」
と、女将さんは何度も言った。
実際、一年を通じてここに「泊まる」客なんていないに違いない。客室らしきものは一応あるが、ここも、たまに風呂に入りに来た客が休んでいくという程度の利用のされ方しかしていないのだろう。そんなところに、よりによって元旦から「宿泊予約の……」と、とぼけた客が来て、とんだ迷惑だわあ……というのが本音だったのだろうな。

で、その自慢の?風呂は……。
薄暗い物置のような一角に小さな浴槽が置かれただけのものだった。3人も入れば満杯。
それでも、この風呂に入りに来る地元の常連客がいるらしい。暖かい季節なら、まあ、分かるかな……。

1983年はこんな風に始まったのだった。
この、息を白くしながら、一個の炭に必死で火を点し、手をかざしていたNの湯が、想い出の宿、第2位である。

それにしても、あの頃、デジカメがあったら、楽しい写真をいっぱい残しておけたのに、まったく残念無念。




●1983年元旦・小名浜港にて
(ものすごいデコラティブな商用バンに乗っていたものだ)



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