たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2002年7月11日執筆  2002年7月16日掲載

100円の幸福


100円ショップに行くと、あまりにもすごいものが100円で売られていて衝撃を受ける。
例えば先が細く曲がったラジオペンチ。断線や接触不良の修理で半田づけ作業をするときなどは必需品。これがあるのとないのとでは、作業の効率がまったく違ってくる。しかし、プロが使うならいざ知らず、一般人がたまに使う場合、先の曲がったラジオペンチ1本に数千円は出せない。こういうのは本当に助かる。
最初から100円ショップ用に開発された商品も多いが、中にはバッタものというか、業者が倒産して在庫を放出したところをただ同然で買い付けてきたような商品もある。こうした商品はその場限りで、売れてしまえば追加仕入れはできない。この手の商品には掘り出し物が多いので、買い得感も大きく、100円で入手できたことに対する喜びも大きい。

陶製の狛犬(高さ20センチほど)を購入したこともある。阿吽一対揃えて200円。まさか狛犬を200円で買えるとは思ってもいなかった。多分、沖縄あたりで売られていたおみやげ用のシーサーだろう。
これなども、最初から100円で売るために商品開発したとは思えないので、どこかの工房が倒産して、在庫品を処分したのではないかと思う。(その後、もう一対くらい買っておこうかしらと再訪したが、すでになくなっていた)

最近いちばん感激したのは、木製のスイッチプレートだ。壁埋め込み型のコンセントやスイッチのプレート部分だが、ブナ材でできている。1個口、2個口、3個口用の3種類があり、デザインも長方形、長円形など3種類くらいある。
木製のスイッチプレートはお気に入りで、前にもDIY店で購入したことがあるのだが、1枚450円くらいする。家中のプレートが10か所あるとして全部交換するには4500円かかる。4500円で半永久的に楽しめるのだから安いと言えば安いかもしれないが、たかが木の板なのに450円は高いんじゃないか、という気分にもなる。(ちなみにプラスチックのプレートでも、化粧用プレートは200円以上する)
ところが、同じものが100円。しかも化粧ビス付き。嬉しくなって、家中のスイッチプレートを交換した。(おかげで、その店には在庫が2枚しかなくなってしまった。また仕入れができるのだろうか)

100円でこれだけ満足度が高い買い物は滅多にできないだろう。
交換した後も、しばし眺めながらにんまり。
考えるのが好きな僕は、たったこれだけのことからいろんなことを想像してしまう。

1)なぜ人間は木製品が好きなんだろう?

いや、言い換えれば、プラスチックが嫌いなのだな。我が家では電話機も木製のアンティーク調だ。壁紙やプラスチックタイルは大嫌い。
現代の壁紙は合成繊維が織り込まれていて丈夫だが、汚れたり剥がれたりしてくるとすごく惨めで汚らしい。
そこへいくと、木の壁は落ち着くし、湿気を吸い取ったり放出したりして室内の湿度調節機能もある。汚れてもそれなりに風格がある。節目や乱れた木目も、天然素材の味として鑑賞できる。
木が使えない部分は金属や石。天然素材は落ち着く。
とにかくプラスチックは嫌だと感じる人は多いはず。これはきっと、自然に戻って再び循環にのりにくいプラスチックという素材に対する生理的な拒否感なのではなかろうか。

2)かといって、疑似木製品はかえって安っぽい?

高級車の証しとしてのウッド調パネルというのがあるが、あれはあくまでも「調」であって、木目を織り込んで圧縮成型したプラスチックがほとんど。本物の木の板がダッシュボードに寸分の狂いなく組み込まれていたらすごいが、そもそも現代の車の内装に木目というのはかえって趣味が悪くなることが多いんだよなあ。「うわ~、オヤジ仕様」なんて馬鹿にされたりして。
オーディオスピーカーも、本物の木でできたキャビネットは少なくなったなあ。パーチクルボードや、木を装った圧縮成型ものが多い。

3)間伐材で魅力的な製品がもっと作れるのでは?

地方に旅行すると、必ず「木の館」というような名称の物産館がある。しかし、そこで売られているものには、買いたいなあ、ほしいなあと思わせるものが少ない。商品開発の面で、まだまだ工夫の余地が残されている気がする。
まず、装飾品ではなく、実用品でなければ、結局はゴミになるということが分かっていない。「勉強中」「トイレ」なんて書いた木製プレートを、一体何人の人間が必要としていると思っているのだろうか。もう少しちゃんと考えましょうよ。
木製のマウスパッドなんて、最も簡単な小物だから、どこでも売っていていいのに、意外とない。組み立て式CDラック(縦にも横にも増設可能で、単価を下げるために板として売る)とか、このスイッチプレートなどなど、気軽に買えて、しかも実用性、満足度の高い木製品はもっとあるのではないか?
ちなみに僕は、かつて友人から「大理石のマウスパッド」なるものをプレゼントされ、今も使っている。冬は掌が冷えるのと、間違って足の上に落としたりしたら大怪我するのが欠点か。

今ほしいのは、薄くスライスした天然木によるリフォーム用壁板。カッターで切れるくらいの厚さで、普通の壁紙の壁(裏地はラスボード)の上からペタペタ貼っていけるようなもの。DIY店に売っているような気がするが、よさそうなものがなかなか見つからない。接着剤を使わずに施工できるような工夫があればなおよい。暇な時間を見つけて少しずつ家中の壁を木目に変えていくなんてことができればいいのだがなあ。

4)規格統一は大切だ

この天然木スイッチプレートという商品が成立可能なのは、埋め込み型のスイッチボックスやコンセントボックスの規格を統一してあるからだ。我が家は昭和53(1978)年築だから、四半世紀経っているが、この間、スイッチボックスやプレートの規格はずっと同じだったということになる。ネジの位置や口径が同じだからこそ、こうした取り替えがドライバー一本で簡単にできるわけだ。
それに比べて、デジタル記憶メディアなんか、1年も経たないうちにコンパクトフラッシュ、スマートメディア、メモリースティック、SDメモリーカード、マイクロドライブ……などなど、まったく歩調を揃えるつもりがないかのごとき乱立ぶり。自動車のタイヤホイールなども、なんで統一できなかったのだろうと思う。
不必要な多種多様化を避ければ、弱小資本のメーカーでも最小限度のコストで魅力的な商品開発ができる。まあ、大資本の側としては、それをわざと阻止しているのだろうけれど。

5)木材輸入は極力避けたいなあ

しかし、考えれば考えるほど、ブナ材のスイッチプレートを100円で売ることはほとんど不可能なのではないかと思えてくる。間伐材で材料費が安いとしても、日本で加工しているとしたら、人件費が出ないのではなかろうか。
となると、この100円の木製スイッチプレートも、東南アジアや中国からの輸入なのかもしれない。
いくら安くても、それは嫌だなあと思う。物をなるべく移動させず、生産地で再び自然にかえすことが、循環を尊ぶ思想の上では基本だから。

……とまあ、あれこれと考えながら、100円で得られる幸せを噛みしめるのであった。
ああ、なんて安上がりな幸福なんだ。

スイッチプレート
■これが、こんな風に……