タヌパック短信 9


●パソコンの功罪


 僕は今、あらゆる文章をパソコンで書いています。小説はもちろん、このエッセイも、手紙も。大御所の作家先生に手紙を書くときも(しかも多くは詫び状や依頼状)パソコンで書いて印刷してしまいます。こんな失礼なことはないと思いつつも、一方では、これからはどんどんこうなるんだから、印刷した書面が失礼だとか心がこもってないという偏見は早く捨てたほうがいいんじゃないかと開き直っています。
 僕の小説デビュー作は一九八九年ですが、以来、原稿はすべてデジタル入稿です。編集部へはフロッピーで渡します。つまり、紙に書いた原稿というのが一切存在しません(将来文豪になったとき「たくき記念館」に陳列する生原稿もないわけですね……おっと)。
 本当は電子メールで入稿したいんですが、まだまだそこまで対応してくれる編集部が少ないのが現状です。
 もうすぐ読売新聞社から『カムナの調合』という長編が出るんですが、この本などはそもそも出版の話からしてパソコン通信上で決まりました。
 僕は同世代の小説家たちと毎日パソコン通信でやりとりしているのですが、その中の一人、新津きよみさんの読売新聞社の編集担当者が、パソコンのことでいろいろ悩んでいるようだという話題が出ました。新津さんはそのときまだワープロ通信で、パソコンは未体験。「たくきさんの担当だったら、いろいろ教えてもらえるのにね」と言うので、「それいいなあ、いくらでも教えますから、ぜひ紹介してくださいよ」と答えました。
 で、さっそくその編集者に著作を送ったところ、お礼の電子メールがきて、そこからやりとりが始まりました。
「ところで書き上げたものの出せないでいる長編があるんですが……」「それはぜひ読ませてください」とポンポコリンと話が進み、原稿を送ったら、翌々日には「ぜひうちから出させてください」となりました。九百枚の長編を一日で読んで翌日には「出します」というのも凄い話で、なんだかタヌキに化かされたような気分でした。
 この時点まで、新津さんとのやりとりも編集者とのやりとりもすべてパソコン通信です。つまり、僕はその編集者の顔はおろか、声も知らない状態。 編集者とはその後喫茶店で一度顔を合わせましたが、今も作業はすべて電子メールのやりとりで行っています。
 パソコン通信というのはかくのごとく便利なものなんですが、怖い一面もあります。相手の顔が見えないまま簡潔な文章でやりとりするので、ともするとちょっとした言葉に腹が立ったり傷ついたりすることが実に多いのです。それを避けるために、パソコン通信では「顔文字」というものが多用されます。 (^_-) とか (^_^;) といった、記号で作った顔のマークです。
 ちなみにこれらは縦書き文章には使えません。冊子を九十度回転させて、横に見てくださいね(^^)。
 最初のはウインクしている図です。次のは汗をかいている照れ笑い。最後のやつはいちばんオーソドックスな笑顔。こんなマークでも散りばめることによって、文章が簡潔できつくなりすぎて相手の気分を害することを避けようという苦心の発明です。
 それでもパソコン通信の世界では、言葉尻をとらえた低次元な論争が毎日のように勃発していますし、顔を合わせているときには仲のいい人たちが、パソコン通信を始めた途端に大喧嘩して絶交してしまうなどということもしょっちゅうあります。
 話題のインターネットも、面白すぎて仕事にはかえってさしつかえるという調査報告もあります。
 また、横書き文化圏で築かれてきたパソコン文化は、日本の縦書き文章の文化をどんどん変質させているという一面もありそうです。パソコンを使っていると、知らず知らずのうちに訳の分からない横文字言葉に支配されがちです。以前、松下センセへの手紙で、「プリントアウトした原稿を〜」云々と書いたところ、しっかりと「印刷した原稿を〜」と訂正され(^_^;)↑冷や汗をかいたものです。
 でも、「プリントアウト」は「印刷する」「テキスト」は「文書」でいいにしろ、「電子メール」を「電子手紙」と言うのはちょっと違和感があるし、「ファイル」を「書類挟み」と呼んだら、ほとんど意味が通じません。
 ビル・ゲイツなんぞというアメリカ人に世界征服を許すというのは本当に忸怩たる思いですし(WINDOWS95の騒ぎのときは、日本がアメリカに再占領されたのかと思いました)、ワープロ時代に縦書きで執筆できていたのが、パソコンにしてからは横書き入力に慣れさせられてしまった自分も情けない。
 ただし、パソコンによって消しゴムも紙もいらずに、無制限に推敲ができる執筆環境が実現したということは、僕にとっては本当に大きなことでした。
 小説家を目指していたライター時代、自分のマーク(銅鐸をかたどったもの)を入れた特製の原稿用紙を二万枚作りました。市販の原稿用紙を買うよりずっといい紙質ではるかに安いという計算だったのですが、その直後からワープロ時代になり、原稿用紙はほとんど未消化のまま屋根裏に眠っています。無駄死にした森林資源に懺悔……。


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