日記 33





↑3月23日。和歌山県紀三井寺の桜。

 

■お花見日記


98/03/24

 連休にお花見。和歌山県へ。
 早咲きの桜で有名な紀三井寺は最悪の場所だった。低俗の極致。参道の土産物屋には、ほとんどVOWか? と思うような俗悪な商品だけが並び、観光地名物の婆さんの強引な駐車場呼び込みの嵐。「どうぞここへお入れやす」とか言いながら車を引き込んだ後、「ほな駐車料金700円、悪いけど前払いでもらおか」とくる。そんな光景を横目に、石段を登るが、桜はまだまだ。
 たとえ満開になったとしても、こんなとこ、二度と来たくないわいと思うような寺だった。
 和歌山はあまり神社がないような気がした。狛犬の収穫も芳しくない。


↑加太にある淡島神社は、人形などを奉納する神社として有名。境内のあちこちで老犬が昼寝していた。この犬は片目がつぶれている。首の後ろあたりの毛がうまく生え替わっておらず、もう余命幾ばくもないことを物語っていた。
 この神社、日本人形だけでなく、あらゆるお面、剥製、置物などなど、形のあるものの墓場と化している。狛犬の置物(陶器製の小さいもの)が納められている一角もあった。可愛い顔のがあったので、よほど申し出て引き取ろうかと思ったほど。この写真は蝦蟇の置物ばかり集められているお堂。

 もう駄目だなと思って諦めかけた頃、加太春日神社と、箱作(阪南市)の加茂神社に辛うじてそこそこの狛犬を発見。
 どちらも大小2対ずつあり、江戸時代の作。加太春日神社の大きい狛犬は嘉永6年(1853)、加茂神社の大きい狛犬は天保15(1844)年の銘が入っていて、小さいほうのはそれぞれもう少し古そうだったが台座の損傷が激しくて読めなかった。

↑加茂神社の小さいほうの狛犬。建立年度不明。多分1800年代前半か1700年代後半くらい。「はじめ」よりは明らかに進化した狛犬。尾の形が凝っている。
 はじめより明らかに進化しているが、畿内や江戸のような確立された様式に至る以前の途上タイプをひとつの分類形式として命名しようかと思っている。「中立(なかだち)」(はじめと江戸の中間に立つという意味で)なんてのはどうだろう。脚の間がくり抜かれず、べたっと這いつくばったみたいな「はじめ」タイプが、しっかりと四肢を踏ん張るようになったという意味でも「中くらいに」「立つ」。相撲の年寄り名跡にあるんだよな。中立って。


↑加茂神社の大きいほうの狛犬。天保15(1844)年建立。いわゆる畿内型とはちょっと違うし、なかなか個性的。砂岩質の狛犬としては奇跡的に保存状態も良好。日本海側の出雲系砂岩質狛犬は軒並み崩れているから、やはり雪が降らず、温暖な気候の和歌山ならではのことかもしれない。こちらも尾に相当デザイン的な工夫が見られる。



ここが秘密の集会所
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