たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2003年5月24日執筆  2003年5月26日掲載

インターネットが救う命

最近、親族が難しい手術を受けた。今後も長期戦の治療が続く。それに関連して、病気や病院関連のことをインターネットで調べることが多くなった。
一体どういう病気なのか。最先端の治療法はどんなものなのか。今の病院はどういう環境なのか……などなど。
インフォームドコンセントのことなどに多くのページをさいていたり、スタッフのプロフィールや信条を真面目に掲載しているWEBサイトを持っている病院だと、信頼できる気持ちになる。

インターネットで病院調べといえば、仕事場のルームメイト・ゴロは、インターネットで命を救われた経験を持っている。
ゴロは1999年の春、小千谷市のアイリータウン(ダイエー系のショッピングセンターで、その後つぶれてしまい、今は店子ゼロのゴーストタウンになっている)の入り口で売られているのを見つけて買ってきてしまったウサギ。
タヌパックスタジオの名前の由来ともなったタヌが死んで数年。仕事がことごとく駄目になり、経済破綻してどん底のときだった。精神はぐちゃぐちゃ。理屈抜きで、なにかふわふわのものに触れたかった。

ウサギは最初のうちが大変。今までずいぶん飼ったけれど、買ってきて翌日に死んでしまった子もいた。
ゴロも当初はすぐに死んでしまうのではないかと心配していたのだが、1年半は何事もなく過ぎた。丈夫な子でよかったと、僕も慢心していた2000年の年末、突然ものを食べなくなってしまった。もともとわがままに育ててしまったのか、極端な偏食で、ニンジンやキャベツさえ食べない。ウサギ用ペレットも特定の銘柄しか食べようとせず、どんなに飢えさせても頑として他のものは食べない。
だから、半日や一日食べないうちは、ああ、またわがままか……と思っていた。
仕事が忙しかったときと重なったこともあるが、そのままずるずると3週間近く経ってしまい、いくらなんでもこれはおかしいということになった(気づくのが遅すぎるって)。

インターネットで検索していたら「あなたがウサギに出来ること」というページに行き当たった。
獣医さんが開いているサイトらしい。
図々しいのを承知で、メールを出した。
するとすぐにお叱りの返事が来た。


 どうも一刻をあらそう状態ではないかと思われます。
 おそらくたくきさんが考えてらっしょるよりも、状態は深刻です。
 もう夜なので今日は無理でしょうが、明日朝一番で病院に飛び込むくらいの意気込みが必要です。
 診察していないのではっきりとは分かりませんが、おそらく線維不足(ワラ不足や線維質の少ないペレット、あるいはおやつの多給)による腸の運動能低下が起こっているか、あるいはそれにともない異物(カーテンや紙、毛球など)が胃の中に詰まっているおそれがあります。(後略)



そのサイトには、全国のウサギの飼い主たちから寄せられた「お薦めの獣医さんデータベース」があった。すぐ近所の獣医科病院もリストされていたので、翌日、さっそく電話を入れて連れて行った。

8年一緒に暮らしたタヌのときは、毎年フィラリアの薬を飲ませなければならなかったし、何度も病気になったので、近所の獣医さんはひととおり回った経験がある。タヌの前にも黒いウサギを飼っていて(名前はシロ)、そのときも獣医さんのお世話になったのだが、どの獣医さんも今ひとつの印象だった。
タヌもシロも、獣医さんに連れて行かれることのストレスで、結果的にますます症状が悪くなるようなところがあった。
そうしたマイナス印象も手伝って、ゴロは獣医さんのお世話にならずに育てたい、などと勝手に思いこんでいたのかもしれない。

ウサギサイトのデータベースで推薦されていた獣医さんは、初めてだった。タヌのときに診てもらったことがある名物獣医師が急死して、空いたその病院に入った後、移転したということも分かった。
マジックナポレオンズの小柄なほう、あるいは小泉首相にちょっと似ている。
レントゲン写真を見ながら説明を受けた。
胃に未消化のものが詰まっていて食べられないのだという。状況からして、薬物療法では間に合わない。やるならば開腹手術をして、物理的に取り出す方法を薦めると言われた。

3週間近く食べていなくて体力が落ちているときに開腹手術? 持つはずがないと思った。
しかし、放っておけば確実に死ぬと言われ、少しでも助かる見込みがあるならと、手術をお願いした。
まさか、そのままゴロを病院に残して帰るとは思わなかったので、ショックだった。
自分がいかに駄目な飼い主か思い知らされ、落ち込んだ。

正直なところ、助からないだろうと覚悟した。次に病院を訪ねるときは遺体を引き取りに行くことになるに違いない。
その日の夕方、電話がかかってきて、とりあえず手術は終了とのこと。
面会に行った。
胃から取り出したという内容物も見せてもらった。
なんだかよく分からないが、カーテンの端切れみたいなものもちょっと見えた。

ちょうど年末で、そのまま大晦日、正月を迎えた。
毎日、ゴロの口を無理矢理こじ開けて流動食を注射器で流し込む。それがうまくいかず、青汁に蜂蜜を混ぜてみたり、いろいろやってみた。
その結果、ゴロは見事に復活した。
ウサギサイトを開いている獣医さんにも、報告を入れた。

その後も不正咬合や毛玉が胃に詰まるなどしてゴロは何度か死にかけているのだが、その度にこの獣医さんが適切な処置をしてくださっているおかげで、今もちゃんと生きている。最近は具合が悪くなりかけたときの対処法も分かってきたせいか、ずっと安定している。

ウサギやハムスター、トカゲ、イグアナ、フェレット、カメなどは、獣医界では「エキゾ」と呼ばれて、犬猫とは区別されていることも知った。「エキゾチックアニマル」の略だという。ウサギとカメが一緒にされちゃうのもずいぶん乱暴な話だが……。
特にウサギの手術は、犬や猫よりはるかに難しく、危険なのだという。ウサギは口を開けられないので、麻酔をかける技術が難しいのだそうだ。
犬猫に比べて治療データの蓄積が圧倒的に少ないので、薬なども、個々の獣医師が自分で工夫して試してみることが多いらしい。

実はエキゾを的確に診療できる獣医さんは意外と少ない。
どの獣医さんも、一応ウサギは診てくれるが、不得意な獣医師のほうが多いようだ。
ゴロの主治医となった獣医さんは、技術、勘、愛情、冷徹さが非常にバランスよく統合されている名医だった。あの状況でゴロの命を助けるのは、並みの腕では無理だったろうと、後になってからますます確信するようになった。

もしあのときインターネットで「あなたがウサギに出来ること」がヒットしなかったら、この獣医さんのことは知り得なかった。となれば、当然、ゴロは死んでいただろう。
つまり、ゴロは、「あなたがウサギに出来ること」というサイトを作って、全国のウサギの飼い主を啓蒙している獣医さん(ダックス先生)と、執刀した獣医さん二人によって命を救われたわけだ。

このウサギサイトの主宰者・ダックス先生は、サイトを運営することで儲かっているわけでもなんでもない。現在は富山県で開業されているが、当時は大阪の獣医師の下で働いていて、名前も診療所名も明かしていなかった。
WEBサイトを運営するというのは、相当面倒なことだ。獣医師という激務のかたわら、「好きだから」程度では続けられるものではない。ありがたいことだ。
このサイトが命を救ったウサギはゴロだけではないはずで、すでに全国で相当数のウサギが救われているに違いない。
このサイトで飼い主が勉強することによって、適切な育て方をするようになり、結果、幸せな一生を送るウサギが増える。

ネット上には似たような「お助けサイト」がたくさんある。そのサイトから伝わってくる情熱や信念に打たれて、動かされる人や救われる人もいるだろう。
知識やデータをただで他人に与えるサイトにぶつかると、本当に頭が下がる。世の中、お金だけで動いているわけではないのだ。
デジタルストレスの巣窟のようなインターネットだが、こうした、明らかな光の部分もあるのだなあ。

手術直後のゴロ
■手術直後のゴロ 抱いているのは命の恩人の院長先生

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