日記 02/01/02



文明が滅びていくとき


 2002年になりました。
 世相を見ていれば、とてもおめでたい気分にはなれませんが、こういう時代には、よほど「プラス思考」というやつでいかないと、精神が持ちませんね。

 年末から、手塚治虫の『火の鳥』を少しずつ読み直しています。
 『火の鳥』は、過去に題材をとったものと未来を描いたものに大別されますが、昔は未来の物語のほうが面白いと思っていました。でも、今は、過去の物語だけを読み直しています。
 手塚さんは、未来に関しては、科学信仰のようなものがあって、今となっては未来を描いた作品のほうが古臭く感じます。
 逆に、過去を舞台にした作品は、歴史資料の読み方がユニークだし、人間の業や文化・文明の本質というものを深くとらえていて、まさに天才だったのだなと感心させられます。

 文明というのは、いくつかの条件が幸運にも重なったときに栄え、その条件が食いつぶされたときに衰退し、滅んでいきます。歴史を学ぶとそのことがはっきり分かるのですが、現在進行形の文明に関しては、当事者である我々はなかなか冷静な判断を下せません。
 国債や年金のことだけを考えてみても、この国の経済基盤はすでに崩壊していると考えたほうが自然ではないでしょうか。


 最近感じるのは、今まで日本が誇ってきた、工業製品の品質が著しく落ちているということです。
 多くの電化製品は安くなり、便利になりましたが、すぐに壊れます。
 電気工事をしている会社の社長が、最近のエアコンは、取り付けた先から動かないようなひどい初期不良が多いと嘆いていました。部品の耐久性もひどいものです。
 メーカーにとっての価値基準が、よい製品を作ることではなく、儲かること(コストをかけずに利益が出ること)に置かれ続けた結果でしょう。
 また、人々の、よいものを見分ける能力も落ちているように思います。
 三流の商品をありがたがっている人が増えていけば、一流の商品を手間をかけて作っている人たちの生き甲斐は失われていきます。
 この傾向は、芸術などの創作活動においてはもっと極端になってきています。

 自分が所属している文明社会が、明らかに衰退に向かっていると知りながら、自分の中では、より価値のあるものを創り出していこうとする生き方というのは、なかなか大変です。
 でも、そんなことを愚痴っていても、世の中の流れは変わらない。
 できることは、なんとかよいものを作る(造る)こと。
 本物や一流のものが世に出ていかなければ、それを分かる人もいなくなってしまう。たとえ、評価されなくても、あるいは、評価の壇上にさえ上れなくても、造っている本人には分かっている。
 自分の評価を裏切らないように、続けていくこと。多分、これしかできないですね。

 明るく1年を始めようと思ったのに、また暗くなってしまった。早めに次の日記を書いて、更新しておかないと……(^^;;

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