たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年3月17日執筆  2006年3月21日掲載

商売の心


「シャッター通り」と呼ばれる商店街が全国いたるところで増え続けている。
中越地震前までは、タヌパック越後滞在中の買い出しは小千谷市だったが、駅前の古い商店街は「シャッター通り」に近かった。
大型ショッピングセンターや100円ショップ、大型カー用品店などは地価が安く広大な土地を入手できる郊外に店を構える。そこに人がクルマで買い物に行くので、いつしか町の商業エリアは郊外に移っていく。この現象は、地方都市ではどこでも同じだろう。

タヌパック越後からタヌパック阿武隈になってからは、村が今まで(川口町)より二回りくらい小さくなった。「シャッター通り」さえない。なにしろ「商店街」も「駅前」もないのだから。
過疎地ではその土地の人を相手に商売をして生計を立てることは極めて困難だ。
前にも書いたが、普段の仕事場がある川崎市は、面積が約136平方キロ、人口は約133万人。
かたや、終の棲家にしようと思っているタヌパック阿武隈がある川内村は、面積が約197平方キロ、人口は約3300人。
約1.5倍の面積に、1/400の人口。
川崎市では、1キロ四方に約1万人がひしめき合って暮らしているが、川内村では1キロ四方に人間が16人強(しかもその多くは老人)。

もちろん、それがいいから僕はこの地を選んだのである。静かで、ゆったりしていて、ああ、幸せ。
ただ、隠居できる身の上ではないから、生きる手段は真剣に考えないといけない。
同じ日本という国で暮らす以上、生活費がそうそう違ってくるわけではない。都会で買っても田舎で買っても、醤油やラーメンやガソリンの値段は変わらない。
人件費もそうそう変わるわけではない。
1キロ四方に十数人しか人がいない場所では、食堂も、小売店もほぼ成り立たない。やるとしても半ばボランティアみたいなものだ。
要するに、過疎地では、地元の人を相手にする商売は極めて難しい。

視点を逆にすれば、田舎で暮らす人たちは、都会人以上にネット通販の恩恵を受けることになる。
事実、僕はこの過疎の村では、ほとんどの買い物をネット通販に頼っている。
ネット通販は顔が見えないから味気ない、あるいは信用できないという人がいるが、「食わず嫌い」の意見も多い気がする。
最近、立て続けに嬉しい経験をした。

1)添えられていた軍手

去年、29万円で購入したオペルティグラという1400ccのクルマ(これもネットで見つけた)のオイルフィルターを、群馬県の自動車部品販売店から取り寄せた。2個で1800円だから、輸入車部品としては安いと思う。
注文してすぐに届いたが、開けてみると軍手一双と店長の名刺が添えられていた。
名刺には手書きで「ありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」と書かれている。
軍手一双は、オイル交換のときに手が汚れないようにという心配りなのだろう。軍手なら軽いし、安いし、オマケとしては最適だ。
こういう「ありがとうございます」という心を伝える小技が、商売をする上ではとても大切なのだなあと教えられた。

2)代金は後払いで切手でもOK

前の住人が残していった倉庫と物置の鍵のことで、この1年ずっと悩んでいた。
倉庫は母屋より立派な瓦屋根で、シャッターが2つついている。そのうち1つは電動シャッターで、これはリモコンキーを2つ引き渡された。
問題はもう一方の普通のシャッターで、これは前住人が鍵を紛失したようで、もらえなかった。
仕方なく、手動シャッターのほうは内側からロックして、隣の電動シャッターから外に出て、電動シャッターを下ろす……という方法でしのいでいた。しかし、これだと、電動シャッターが壊れてしまったら中に入る手だてがない。停電でも中に入れない。手動シャッターの鍵はどうしても必要だった。
このシャッターは大手メーカーのものだが、WEBサイトのFAQを見ると、鍵は郵送などでは送れないとある。まあ、防犯上それも仕方ないかなとは思う。
鍵屋経由なら取り寄せられるかもしれないと思って訊いてみたら、メーカーから取り寄せると1本6000円だという。別に特殊なものではない。元鍵があれば数百円でコピーできる普通の鍵である。
しかし、いざというとき倉庫が開かないのでは困るから、泣く泣く注文した。届くまでに2週間ほどかかった。

もう1つ、プレハブの物置があるのだが、これは鍵が1つだけ残っていた。なくさないうちに合い鍵を作ろうと思ったが、なんと「作れない」と断られてしまう。DIY店の合い鍵コーナーはもちろん、錠前専門店にも見せたが、「これはないなあ。同じベースキーがないから作れない」と断られてしまう。小さな、どうということない鍵なのだが、サイズと形状が一般的ではないらしい。
この物置、あまり有名ではないメーカーのものだったが、WEBサイトからメールで問い合わせてみたら、1時間もしないうちに返事が来た。


//お問い合わせ頂きました鍵の件につきましては、こちらからご用意して郵送させて頂きます。鍵のお値段は1本840円(税込)となります。ご必要な本数、お届け先をご連絡下さい。ご注文後、2・3日中にはお手元にお届けできると存じます。
なお、お支払につきましては後払いになりまして、商品到着後に「銀行振込」、「現金書留」またはご請求金額分の「郵便切手」をご返送頂ければと思います。//


1年以上悩んでいたのがアホらしくなるほどあっけなく、かつ親切な答えが返ってきて驚いた。後払いで切手代用でもOKというところが嬉しいではないか。

3)修理できるかもしれませんよ

タヌパック阿武隈の風呂場にとりつけた、ちょっと贅沢仕様?のサーモスタットシャワー混合栓(税込18420円)が壊れてしまった。わざわざ寒冷地用の高いやつを買ったのだが、水抜きが甘く、内部に残っていた水が凍結し、シーリング部材を傷めてしまったらしい。パイプの継ぎ目ではなく、本体からぽたぽた水が漏れる。
ばらして直そうと頑張ったが、分解できそうもない。
しょうがないから、買ったお店(これもネット通販の店)に「(シャワーや取り付け金具なしで)本体だけは取り寄せられないか」という質問を書き添えて、でもまあダメそうだからと再注文したら、電話がかかってきた。
「直りませんかね? 分解できますよ。部品展開図をファックスしますから」
という。さっき図面が送られてきた。明日、分解修理に再挑戦してみるつもりだ。
黙って注文だけ受けてしまえば2度おいしい商売だったはずだが、「買ったばかりの水栓金具をそんなことで丸ごと買い換えるなんていけません」とでも言うかのように、なんとか買わずに済むように、買うとしても必要最小部品数で済むようにと、わざわざ電話してきてくれたのである。

ネット商売というと、メディアでは詐欺商法などばかりがニュースにされるが、実際には「小さな商売」をコツコツと真面目にやっている人たちがたくさんいる。
日本の経済は、数字だけ見れば、一部の巨大企業や公共投資が大きな部分を占めているだろうが、それを支えているのはこうした「小さくても真面目な商売」の集積である。

ネット時代の今は、通信と宅配物流を使って、全国を相手の商売を田舎でやることが可能だ。土地代(倉庫代)が安いから、中古機械部品の回収と販売なんか向いているかもしれない。
実際、今までネットで購入した中古品は、すべて地方の個人商店規模の業者、あるいは個人から送られてきた。
浄化槽のブロワー(バクテリアが活動しやすいように浄化槽に空気を送り込む装置)も、ヤフオクで中古品を競り落として購入した。新品なら数万円だが、3850円で手に入った。1年以上経過した今でも、快調に動いている。
出品者は、解体現場から回収してくるのか、浄化槽ブロワーの中古品ばかりを売っている人だった。世の中、いろんな商売があるのだなあと感心したものだ。

……とここまで書けば、今回も「結び」はもう見えてますね。
そう!!
ほんっとにしつこいようだが、PSE法(電気用品安全法)で中古電気製品の業者売買を禁止するという暴挙は、絶対に阻止しなければならない。
経産省はここにきて「ビンテージ楽器などは除外する」方向を示唆するなど、支離滅裂、論理破綻ぶりは、もはや目も覆わんばかり。
言うまでもないが、こんなバカ法をごり押しする連中に「文化的価値」を判断する資格などまったくないのである。

●中古の浄化槽ブロワー3850円なり
こうしたものもPSE法のおかげで流通できなくなる


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