たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年10月20日執筆  2006年10月24日掲載

職人受難時代

だいぶ前に、塗装業者とのトラブルの話を書いた。
先日、水道配管工事で、同じような嫌な経験をした。

川崎の仕事場は6軒続きの長屋で、1979年築だから、築27年になる。
先週、夜、突然変な音がして、湯沸かし器が勝手に点火した。調べると、地下の給湯管が破けて、勢いよく水(給湯器が自動点火してしまったからお湯)が噴出していた。
とりあえず給湯器の入り口側バルブを閉めて止めたが、見ると、配管が錆びてボロボロになっている。以前にも室外では何回か漏水があり、その度に修理していたが、業者からは「鉄管はもたないから、いずれ全部の配管をやり直さないとダメですね」とは言われていた。ついにそのときが来たのだ。

今の鉄管は内側に塩ビのシーリングがしてあり、内側からは錆びない。しかし、昔の鉄管はただの鉄パイプだから、どうしても経年劣化し、穴が空く。管の内側も錆だらけになり、毎日赤錆エキス入りの水を飲む羽目になる。
破れた給湯管の隣を走っている水道管も、錆でボロボロになっており、いつ破裂してもおかしくない状態だった。この際、鉄管部分は全部交換するしかない。

しかし、壁の中や風呂場の床下(タイル床の下、つまりコンクリートの中)を走っている管を交換するには、床や壁を壊さなければならない。このボロ長屋にそんなことはとうていできないから、新たに配管を露出させて引き直すことになる。壁に水道管と給湯管が露出したまま並んで走るわけで、実にみっともない。
でも、仕方ない。

問題は頼む業者だ。
すでに破けていてお湯が使えない。この状態が続くのは困るので、早く決着させたい。
しかし、全国ネットで展開しているような業者はぼったくりが多そうで(塗装業者のとき懲りている)、避けたい。小規模で、腕がよくて、良心的な職人気質の業者はないものかと、ネットとタウンページで探してみた。
そもそも、そうした「町の水道屋さん」タイプの業者はホームページなんて持っていない。
夜が明けるのを待ち、朝一番で目星をつけた中堅っぽい業者(ネットワークを組んではいるが、比較的良心的な印象を受けた)に電話をしたが、何度電話しても出なかった。24時間対応と書いてあったが、まあ、人間、そんなことしていたら死んじゃうからなあ。

次に、前に何度か給湯器をつけたりしてもらった隣町の店に電話した。そこは工事専門というよりは設備屋という感じで、今回のような配管のやり替えだけの工事は嫌がりそうだった。
電話にはすぐにおかみさんが出たが、社長は現場に出ているらしくて昼過ぎくらいにならないと連絡がつかないという。今どき、携帯くらい持っていそうなものだが……。

あまりのんびりしてもいられないので、さらに悩んだ末、タウンページに小さな広告を載せている個人業者らしきところに電話した。
その小さな広告には30代くらいの男性の顔写真が出ていて「私がうかがいます!」とある。
これに騙された。

電話すると、ベルが1回鳴っただけで女性が出たが、名乗った屋号が違う。
屋号を変更したのかなと思い、問い質すことなく、状況を説明したところ、今、スタッフが全員出ているので、すぐに連絡させますのでお待ちくださいますか、という。
とてもいい感じの対応だった。
30分しないうちにすぐに電話があったが、今度は別の女性の声だった。
「あと1時間ほどでうかがえますが、それまでなんとかお待ちいただけますでしょうか」
と、ちょっと切実そうな(今思えば芝居がかった?)声で言う。水がじゃんじゃん漏れているわけではないので、はい、大丈夫ですよ、と答えた。

それからすぐにまた電話があり、今度は若い男の声で「今向かっています。30分ほどで着きます」という。
はい、待ってます、と言って切った。
それから30分しないうちに、またまた電話があり、「渋滞していて、まだもう少しかかりそうです」と、本当にすまなそうに言う。
大丈夫ですからと言って切る。

まもなく現れたのは、爆笑問題の太田光に似た青年だった。
満面の笑顔で「お待たせしました! ○○の▼▼と申します」と名乗った。
漏れている場所は洗面所の床下で、40センチ四方くらいの点検口から潜り込まないといけない。潜って調べた結果、「給湯管だけでなく、水道管も時間の問題ですね」と言う。
それは分かっていたので、では、どうやって配管を全部交換するか、という話になった。

あそこを通して、ここは仕方ないから露出で壁を這わせて……と、配管をやり直す案を確認する。
別のところから畳を上げて床下に潜ったり、流しの下のものを全部出して、壁を回し引きで切り取り、裏側の壁面を確認したり、かなり大変なチェックになった。
普通の人だと、このへんで、「ここまでやらせて断ると悪いな」という気持ちになる。
しかも相手は笑顔の好青年。
だが、最近の業者はそのへんも全部計算済み、教育済みなのだ。

一旦外に出て、車に戻って見積もりを出してきたが、予想の倍だった。
確かに給湯管、水道管を全部引き直すのだから大変は大変だが、うちは水回りは比較的狭い範囲に集中しており、管の延長距離は長くない。
事実、工事は1日で完了させるという。
悩んで、一旦はあいみつをとりたいから夕方まで待ってくれと言ったのだが、そこでちょっと粘られた。今予約を入れれば翌々日には工事できるという。
こちらも早く終わらせたいという気持ちが強くなって、結局、頼むことにした。
身内に入院中の病人がいたり、仕事が立て込んでいたりして、とにかく、今こんなときに、余計な時間を取られたくないという事情もあった。
しかし、頼んだ後も、迂闊だったと反省しきりだった。塗装のときに懲りているはずなのに……。

工事当日、当初は「2人で1日で終わらせる」と言っていたが、最初に現れた青年を入れて3人でやってきた。
職人さんはみな真面目そうで、約束の9時に現れてからは、昼飯も食わず、2時半までぶっ続けで作業をしていた。その後、ほんの30分くらい弁当休憩を入れ(それもどこでどう休憩したか気づかないほどささやかな休憩だった)、作業は実に夜の10時過ぎまで続いた。

これだけなら、真面目な仕事ぶりで賞賛すべきなのだが、肝心の仕事の内容はお粗末だった。
素人の僕が見てもへたくそな仕上がり。露出すると分かっている壁際の配管を、文字が印刷されている汚い面を表にして取りつけたりしている。
塩ビ管だからネジを切る必要はない。溶剤をつけてスポッと接着するだけ。文字印刷面を裏にすることなど簡単だ。
それをしないということは、要するに、仕上がりをきれいにするという発想がハナからないのだ。これではプロとはいえない。

いちばん腹が立ったのは、洗面台の排水管を取り外すときに壊してしまい、それを隠して、新しい蛇口と排水管に交換するように執拗に勧めてきたことだ。
取り外したときに排水管が壊れたこと自体は仕方がない。古いプラスチックは硬化して脆くなる。誰がやっても割れてしまったのだろう。
だったら「管が脆くなっていて外す際に取りつけ部分が破損してしまったので交換します」と言えばいいだけのこと。こちらも、壊したのだからただで修繕しろとは言わない。
それを、壊したことをひた隠しにして、高価な蛇口まで一緒に売りつけようとするのだ。
断っても断っても食い下がるのでおかしいと思っていたが、後になってようやく「外すときに壊れました」と白状した。
これで一気に現場の空気が悪くなった。

それからは「好青年」という印象は消え、疑心暗鬼でのやりとりが続く。
「2人で1日」のはずが、その日は結局、3人で10時過ぎまでやっても終わらず、しかも、新しく取りつけた水道管(塩ビ管)の2か所から水漏れするというお粗末さ。塩ビ管の工事は僕も何度かやったことがあるが、一度に2か所も失敗するというのは素人以下である。
また、普通は塩ビ管では弱いから、そこだけは鉄管にするだろうと思われる外部の散水栓なども塩ビ管に交換してしまっていた。しかも留め金具をケチって、蛇口がブラブラしている。さすがにこれは指摘して、留め金を追加させた。

台所の壁のタイルを穴明けの際に破損したため、そこを担当していた職人と相談の末、僕が急遽近くのホームセンターに行って、似たようなタイルを買ってきたのだが、これも手をつけようとしない。
タイルに穴をあける工具を持っていないという。タイルの穴開けくらい、水道工事をしていれば日常的にあることでしょう、と言ったら、「それはタイル屋やリフォーム屋の仕事で、我々水道屋は、そんな工具まで揃える金がない」と言い訳してくれた。
その他、細かいところをいちいち指摘していたらきりがないほどムラのある仕事だった。

思うに、会社に直属している社員は最初に訪れた青年だけで、他はみな雇われている職人なのだろう。もちろん、工具や弁当は全部自分持ち。もしかするとクルマやガソリン代もそうかもしれない。
で、作業内容に関係なく、賃金は日当(人工=にんく)で支払われているのだろう。
追加で水栓器具を高く売りつけることに成功しても、それによる儲けが職人さんたちに上乗せされるわけではないだろう。

請求書には大雑把な作業内容と作業料内訳が記されていた。
例えば、「壁穴開け10か所 12000円×10=120000」という項目があった。なんと、穴開けだけで12万円つけているのだ。
後からよく調べてみると、開けた穴は外壁(木造モルタル)が4個(給湯管1、水道管3)、内壁(タイル+土壁)が2か所(給湯と水道1個ずつ)の合計6か所。残りの4か所はどう考えても見あたらない。どうやら、合板フローリングの床に開けた穴4か所も入れているようだ。
木の床にドリルで穴をあけるくらい、誰でもできる。1分もかからない。これにも穴1つで1万2000円つけているのである。
固いコンクリートの壁に穴を開けるのは嫌な作業だ。30分で開いたとしても「時給0.5時間」では合わないから、作業種別に料金を設ける。人工(にんく)ならぬ「忍苦」料金。それ自体はおかしな話とは言えない。しかし、いくらなんでも木の板にドリルで穴を1つ開けて1万2000円、隣りにもう1つ開けて2万4000円はないだろう。

配管はメートル単位で材料代と工賃が計算されている。保温テープを巻く作業も分離して計上されている。
しかし、そんな風に細かく作業工程を分類し、累積計算しているのに、別途「人工(にんく)」もつけているのだ。どういう計算なのだろうか。

今回は、この業者と早く縁を切り、忘れたいために、その日のうちに支払いを済ませた。「事故にあったが、人的被害はなく、すべて金で解決した」と思うことにした。(と言いつつ、ここで書いているのだから、まだ心の中では引きずっているのだけれど……)

実は、途中からひとつ気がついていることがあった。
最初にタウンページに小さな広告を載せていた水道屋のおにいちゃんの写真だが、やってきた職人さんのうち、腕の悪いほう(水漏れやタイル破損をやらかしたほう)の職人さんにそっくりだった。
よっぽど確かめようかと思ったのだが、やめた。なんだか気の毒になってしまったからだ。

多分、彼は水道配管工として独立した店を構えていたのだろう。
お金がないからタウンページに全面広告は打てない。精一杯頑張って小さな広告を載せ、「私がうかがいます!」と、顔写真も載せた。
ところが、店は成り立たず、間もなく大手の全国ネット展開している業者の下請けに入ることになった。自分の店に直接依頼があると、妻が電話に出て(最初の女性)、自動的に契約している親業者(次に電話してきた女性がその会社のオペレーター)に連絡を入れる。
現場に一番近い地域担当の営業マン兼任社員(太田光似の青年)が急行し、会社で叩き込まれたとおりに、笑顔と率先した汚れ仕事着手で、まっ先に受注を勝ち取る。

実際の工事はその地域に配属、または契約している職人が派遣される。
職人さんたちが、朝9時から夜10時まで、昼飯休憩30分しかとらずに働き続けている姿を見ていると、どういう風に日当が支払われているのかとても心配になる。まさか、これで単純に「1人工(いちにんく)」ということはないと思うが、万が一そうだとしたら、どんなに面倒な仕事をしても、儲かるのは親会社だけということになる。

ともかく、壁の穴開け1か所1万2000円なりの細かな工事費用は、一旦すべて会社に入り、利益となる。
それらしく、微妙に高い見積もりを出し、高いなあと思われつつも断りにくい雰囲気にさせる営業社員ほど優秀なわけで、彼らには売り上げに乗じたボーナスが基本給に上乗せされる。
それで、正社員は仕事をとることと、少しでも高い金額で話をまとめることに必死になる。

どうやらこうした構図ができあがっているらしいと、工事を横から見ながら確信した。
おそらくこれは、リフォーム業界全体でも同じだろう。
つまり、どんなに優秀で誠実な職人さんでも、強引な利益追求型組織の下請けとして組み込まれてしまえば、客から感謝されることはなくなってしまう。
腕はよかったけれど、高かったわね、という印象が残る。
また、チームに組み込まれれば、自分がいい仕事をしていても、一緒に派遣された職人が手を抜いたことで、「杜撰な仕事をした職人」のひとりになってしまう。これでは自然と、やる気は失せる。
職人にとっても、依頼者(客)にとっても、とても不幸なことだ。

都市部では、顔を見ながら長くつき合う個人商店型の商売が成立しにくくなっていて、腕のいい職人が独立した店を構えることが難しい。
田舎では、過疎が進んで直接の依頼客が激減し、周辺の都市部に下請けとして出かけていくしかない。
どちらにしても、腕のいい誠実な職人さんが、昔のように、いい意味での職人気質を発揮しにくい時代になっていることは間違いない。

僕も広い意味では職人である。
組織に組み込まれた職人たちの悲しみと苛立ちは、痛いほどよく分かる。
組織の中で働くのが嫌で、自分の腕だけを信じてこの仕事を選んだ。
しかし、自分にしかできない、質の高い仕事は金にならない。
生きていくためには、数の論理での(つまり「売りやすい形」の)仕事、自分ではなくてもできる仕事をやらざるをえない。
その状況の中でも、精一杯自分にしかできない技や哲学を仕事に込めようとするが、拒否されたり、理解されぬまま埋没することが多い。

今回の配管引き直し工事は、そのことを改めて思い知らされることになった。
いちばん若い太田光似の青年が、一見いちばん礼儀正しく誠実そうに見えながら、嘘をついたり、ぎりぎりの数字で見積もりの勝負をしたりする姿にも、考えさせられてしまった。彼はこの歳で、こんな「技術」を毎日学習していくのか、と。
腹が立つというより、最後はひたすら悲しくなってきてしまったのだった。

「私がうかがいます!」
写真の男性が、この気概を、組織に組み込まれてしまった今でも持ち続けていることを祈りたい。


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