3か月ぶりにデジカメの話を書く。
最近、デジカメ関連の仕事が増えてきたこともあって、所有するデジカメが6台になった。
「仕事に使うものだから」という言い訳がきくわけですね。
古いものから並べると、
1)Olympus Camedia C2040ZOOM
2)SONY DSC-F707
3)SONY DSC-U50
4)NIKON D70
5)コニカミノルタ Dimage A200
6)Pentax Optio X
である。
1)は、コンパクトデジカメ史上、最も明るいレンズ(広角側でF1.8)を搭載した名機だった。今ではほとんど使うことはないが、歴史的資料?として持っている。
古いモデルだから、シャッターの反応速度が遅いなどの弱点はあるが、今でも、室内撮影などでは、売れ筋のコンパクト機(暗いレンズ)よりいい写真が撮れると思う。
2)は、レンズがF2.0-2.4と明るく、ボディ部との接合部分が回転するため、仰角や両手万歳の姿勢での撮影が可能なのが最大の長所。欠点はシャッター速度が1/1000秒までしかないことと、今となってはシャッターのタイムラグがありすぎること。広角側があまり伸びていないこと(35mmフィルム換算で38mm)。
夕方、
暗くなってからの散歩などにはこれを持っていくことが多い。
3)はコンパクトデジカメ史上、傑作の1つではないかと思っている。
単焦点 F2.8/f=5mm(35mmフィルムカメラ換算で33mm)のレンズ。この割り切りがいい。
マクロモードとの切り替えやズームに悩むことなく、大きく写したければ寄ればいいし(10cmまで寄れる)、暗ければ自動的に1/8秒までシャッター速度が落ち、それで写らないものは真っ黒になるだけ。レンズ部分が回転するので仰角撮影もできるし、棒状のボディは薄型カメラなどよりはるかに持ちやすく、手ぶれしにくい。
阿武隈日記に載せている写真の多くはこのU50で撮ったものだ。
4)は仕方なく買ったデジタル一眼レフ。
「仕方なく」というのは、20代のときに買った一眼レフがNIKON(FG20)だったため、その後少しずつ買っていった一眼レフ用レンズがNIKONマウントだから。
F2.0のレンズでも無理な暗い場所でのノーフラッシュ撮影をするために、F1.4/50mm固定焦点レンズをつけっぱなしにしている。これはフィルムカメラ用レンズなので、D70につけると画像の周囲が切り取られ、実際の画角は75mmくらいの中望遠単焦点レンズと同じくらいになる。
ほとんど「曇天時および暗い境内の狛犬専用カメラ」になっている。日没前の鬱蒼とした神社の境内。しかも雨が降っている
……なんていうときに狛犬を撮影するには、どうしてもF1.4くらい明るいレンズが必要なのだ。
しかし、ワイドに撮れないので、普段、これ1台だけ持って神社に行くわけにはいかない。
室内ポートレートにもいいのだけれど、残念ながら、本気で撮りたくなるような人間のモデルがいないので、出番がない。
オートフォーカスの合焦位置がずれているという初期不良があり、1年近く悩み続けた。
5)はメーカーからテスト名目でいただいたもの。6台のうち、唯一「手ぶれ防止機能」というのがついている。
レンズはF2.8-3.5で、F707に比べれば暗いが、今売れているデジタル一眼レフのベーシックモデルにセット販売されているズームレンズ(F3.5-5.6くらいのものが多い)に比べれば明るい。
長所は、とにかく「きれいな写真」が撮れること。発色がとてもいい。
最大の欠点は、AF補助光がないので、ちょっと暗いだけでもなかなかオートフォーカスが合わず、イライラさせられること。その欠点さえなければ、すばらしい「万能型」カメラなのに、実に惜しい。
メーカーがカメラ製造事業から撤退してしまったので、改良型が出ることもなくなってしまった。
6)は
つい先日、中古で購入した。
愛用のU50がどんどん壊れてきていて、最近では突然まったく動かなくなることがよくある。電池を抜いて入れ直してみたり、リセットボタンを押し続けたり、電源スイッチを何十回も連続して押したりしているうちに、突然、ピポッと音がして、リセット状態で電源が入ったりする。
同じU50を中古で買い直すのも悔しいので、どうせならU50に近い現行機種を買ってみようと思ったのだ。
U50のようなカメラ(明るい固定焦点レンズで小型軽量、レンズ部が動く)は、現行機種では「ない」。固定焦点レンズではないが、レンズがそこそこ明るく、レンズ部かモニター部が動くという条件をクリアする現行機種として唯一候補にあがるのが、このOptio X。
しかし、現行機種とはいえ、発表はかなり古く(2004年9月)、いつ製造中止になってもおかしくない。
そんなわけで、Optio X は大変貴重な存在なのだが、欠点が山のようにある。
レンズ部が回転するのはいいのだが、なおかつ薄型形状にこだわったためか、ホールド性が極めて悪い。操作性も最悪で、マクロモードへの切り替えがいちいちファンクションキーを押してからメニューを選びださなければならなかったり、ストロボ禁止にしておいてもシーンモードを切り替えると勝手に発光してしまったり、設計の煮詰めが甘い。
基本性能はそこそこバランスがとれているし、数少ないレンズ回転型モデルなのに、なんとも惜しい。
写真画質はU50より上だが、使い勝手(設計思想の割り切りぶり)や操作性の点ではU50のほうが「いいカメラ」だと思う。
それでも、荷物が多くて、小さなカメラを1台しか持っていけない旅行や外出には、U50よりもOptio X を持っていくだろう。そこそこの望遠、かなり使えるマクロなど、対応範囲が広いから、どんな場面に出くわしてもそれなりに対応できるからだ。
……と、ついつい個別のカメラ評が長くなってしまったが、今回書きたかったことは、「よいカメラがなくなってしまった」ということである。
今、僕が所有しているデジカメは、一眼レフのD70を除き、すべて「よいカメラ」をめざして設計されたものだと思う。
くどいが、僕が言う「よいカメラ」の最低条件は、
1)レンズが明るい(最低でもF2.8は確保。できればF2.0より明るいこと)
2)レンズ部かモニター部が動き、仰角や俯瞰写真が撮りやすい
こと、である。
U50 F707 A200 Optio X はこの条件を満たしている。
しかし、今書いてきたように、どのモデルにもかなり大きな欠点がある。そこで、欠点が改良された新製品に期待するわけだが、それがいつまで経っても出ない。出ないまま、製造中止になってしまう。
シャッターの反応速度や手ぶれ防止機能、映像の記録処理系などは新製品が出るたびによくなる。いわゆる日進月歩。だから、古いカメラと比較してどうこう言うこと自体がナンセンスなのだが、デジカメの基本設計思想やレンズの品質や性能は、むしろ退歩している。
「そこそこでまとめた製品」だけが、相変わらずの高画素競争を続けながら新製品を出していく一方で、魅力のある製品はプツッと打ち切られてしまう。
現在、デジカメを出しているメーカーのサイトを見ていくと、コンパクト機の現行製品が意外と少ないことに気づかされる。
京セラやコニカミノルタはもはやカメラ業界から撤退してしまったが、他にも、良心的新製品開発を諦めたのではないかと思われるメーカーがいくつかある。
OlympusはC2040をピークに、以後の製品ではレンズが暗くなってしまった。
SONYはU50の後継機種を出していない。U50を現在の製造レベルで作り直せば、間違いなく魅力的なカメラになるはずなのに。
F707はF717という後継機種が出て、その後、F828が出た。レンズ一体型の高級デジカメの中では最もレンズが明るいし、広角側も伸びているので使いやすい。金があれば、自分でもメインマシンとして購入したいとずっと思っていた。
しかし、そのF828も、先日、ついに製造中止になった。製造中止になった途端、それまで実勢価格が8万円前後だったのものが、突然、12万円前後に跳ね上がったのには驚いた。今は新品を購入することはほとんど難しく、中古を探すしかない。
製造中止になる直前、ヤフオクで5万円ちょっとで競り負けたことがあるが、今さらながら悔やまれる。
PentaxはOptio X の改良を諦めたように見える。おそらくもうすぐOptio X も生産中止となり、その後はもう、レンズ部が回転するモデルは発表しないのではないか。
パナソニックと
リコーには明るいレンズの魅力的コンパクトデジカメがいくつかあるが、レンズやモニターは動かない、ごく普通のタイプである。
他の、いわゆる「売れ筋」デジカメは、すべて似たようなものだ。
- レンズやモニターは動かない
- レンズのF値が2.8よりも暗い
- 画素数のわりに撮像素子面積が小さい
- 薄型で手ぶれしやすい
- それを手ぶれ防止機能でカバーしようとしている
そういうカメラを買うつもりは、さらさらない。
しかし、これから出る新製品は全部「そういうカメラ」のような気がする。
いつまで待っていても僕が望むような内容の新製品は登場しないのではないか?
となると、次に買うデジカメは、すでに製造中止になっているカメラの中からしか選べなくなる。
後継機種が出ないまま製造中止になったのは、売れなかったからであろう。売れなかったということは、市場にあまり出回っていないということだ。
過去に製造された魅力的カメラは、中古市場でもどんどん数が減り、状態が悪くなっていく。……それは困るなあ……。
工業製品の技術はどんどん進歩して、物欲を刺激してくれるものだが、ことデジカメに関しては、もしかするとまともな「進化」が終わってしまったかのではなかろうか。
もちろん、原因は技術的なところにあるのではない。経済と、人間の文化度の問題である。